第9話 音力
魔物が塵となって消え去ったのを見届けると、突然私の体から力が抜けていった。視界が歪み、立っていられない。私はその場にぺたりと座り込んだ。ただ、神奏器は落とす事の無いように腕でしっかり抱いていた。
「大丈夫か!?」
兵士の声が聞こえた。応えようと口を動かすが、声がでない。というかもしかすると口も動いていないのかもしれない。視界は更に歪み、ぼやけていく。意識が遠くなってきた。
(...あ、もう、ダメ...)
それまで何とかつないでいた意識を私は手放した。私の体は神奏器を抱いたまま城壁の上に倒れた。
「...あ...私、何して...」
目を覚ますと目の前には優希の顔があった。右の頬にはガーゼのような物が当てられている。先程の戦闘で氷の槍が掠った傷だろう。
優希が心配そうに問いかけてきた。
「凛...大丈夫か?」
私はゆっくりと応えた。まだ体にひどくだるさが残っていて、弱々しい声になってしまう。
「...うん…だい、じょうぶだよ...ちょっと、くらっとしただけだから...」
そう言って私は無理矢理体を起こした。どうやら砦の中の病室のような所に運ばれたらしく、私の寝ているベッドの周りには負傷した兵士が十人程同じようなベッドに横たわっていた。
「無理すんな。それのどこが大丈夫なんだよ、まだふらふらしてんじゃねーか」
「でも...ここって怪我した人が運ばれてくるんじゃ...」
「その心配はいらない」
部屋の中に立っていた一人の男がそう言って私達の所に近づいてきた。
「アラン、さん」
「もうこの砦の周辺には魔物はいない。だから負傷者は出ないんだよ。そう、君のお陰でね」
やはり魔物を消し去ったのは私だったらしい。ただ、術の届かなかったドラゴンが二体町には残っていたはずだ。
「でも、まだドラゴンが...」
「さっき言っただろう。砦は五つある。もしも仮に負傷者が出てもそれはここではない砦に運ばれるだろうな。それに、君が寝ている間に首都からの応援も到着している。魔物の殲滅はほぼ確実だろう。だから私は指揮をグラニスに任せ様子を見に来たんだ」
確かにグラニスはいなかった。
「それができたのも君のお陰だ。礼を言うよ、ありがとう」
アランがそう言って頭を下げると、優希も少し照れくさそうに頭を掻いて言った。
「あー...その、私もありがとな。助けてくれてさ…」
「いや、そんな...」
「でも改めてお前はすげーなって思ったよ。あれだけの数一気に消しちまうんだからな...」
「そんなつもりは無かったんだけどなぁ...」
あの時私は魔物に対して消えてと念を込めた。その上で全力で神奏器を吹いている。つまり、具体的に消す対象を絞った訳ではなかった。だから音術の届くギリギリの範囲の魔物を全て消してしまったのだろう。というか自分でもここまでの威力が出るとは思っていなかった。
ここまで考えて、ふと別の疑問が思い浮かんだ。
(あれ?そういえば私...)
「なんで倒れちゃったんだろう...」
アランが答えてくれた。
「それは恐らく自分の音力を使い果たしたからだろう。私達のように魔術を使う人間は体に魔力が流れている。それを使って私達は魔術を使うんだ。そして君のような音術師にも同じように音力というものが流れている。これが尽きると術を使うどころか体を動かすことさえ困難になってしまうんだ。時間をかければ自然に回復するから心配はいらないよ」
「そうですか...」
「だってよ凛。だからお前は取りあえず寝とけ」
「うん、ありがとう...」
私は起こしていた体をもう一度ベッドの上に横たえた。毛布を被ると、激しい眠気が襲ってくる。やはりまだ回復しきっていないようだ。私は目を瞑り、意識が途切れるのを待った。
四方が真っ暗な空間に、私はただ立っていた。そんな私の意識に、何かの旋律が流れてきた。かなりぼやけていてはっきりとは聞こえないそれだったが、何故かエネルギーのようなものを感じる。そして、それは恐らくかなり強力だということも何となくわかった。直接感じる力は弱いが、力の発生源が遠いだけなのだろう。
(これが、音力なの...?)
流れてくる旋律と同時に体に感じる力は、不思議と心地の良いものだった。少しずつ、私の意識はそれに包まれていった。
「...あ、起きた」
揺れを感じ、私が目を覚ますと優希の声が聞こえた。私の体は腰を曲げて座った体制になっている。
「あれ?もう砦じゃ...」
「ああ。もう馬車だ」
体を起こすと、今朝馬車に乗っていた時と同じ光景があった。体はまだ万全とはいかないが、かなり楽になっている。もう軽い運動ならできそうだ。
「ここ、どこ?」
「今丁度城に着くとこだ」
グラニスが言うと、馬車が止まった。窓から外を見ると、夕焼けに照らされたアグレナードの城があった。
「取りあえず陛下に報告しようか」
そうして私達は馬車から降り、直接王のいる部屋に向かった。扉を開けると、初めて会った時と同じようにエナドが座っていた。
「ただいま戻りました」
「ご苦労様。それで、どうだったんだ?」
アランが答えた。
「我々が到着した時には既にフォルデンの町は魔物によって完全に壊滅させられていました。犠牲者は恐らく全住民の3割程までに及ぶでしょう。しかしながら魔物の殲滅は完了しています」
エナドは驚いたように言った。
「半日で終わったということか。魔物が弱かったのか?」
「そんな事は無いです。まだ若いとはいえドラゴンが十体おりましたよ」
「じ、十体...一体どんな戦術を?」
「いえいえ、実質アグレナードの兵士が倒したドラゴンは二体です。残りは全て...」
アランが私の肩をたたいた。
「...彼女が片付けてしまいました」
「り、リン君が...」
エナドは相当驚いているようだ。
「本当なのか...?」
「ああ。本当だよ。私が全部見てたし、何よりやった本人がここにいるじゃねーか」
そうして私と優希は先程の出来事を全て話した。話し終わるとエナドが言った。
「そう、だったのか...本当にありがとう。今日はゆっくり休んでくれ」
「ありがとうございます...」
「よし、リン君とユウキく...ユウキは下がって部屋に戻っていいよ。アランとグラニスはちょっと残ってくれ」
「分かりました」
そうして私達はエナドの部屋を後にした。
部屋へ戻る途中、優希と話す話題が思い浮かばなかったので私は前から気になっていた事を訊いてみることにした。
「優希、私思ってたんだけどね…」
「ん、何だ?」
「優希さ、エナド王と話すときいっつも不機嫌だよね」
「そうか?」
「うん。初めてあったときもそうだったよ」
優希が何かを思い浮かべるような目をして言った。
「うーん…あぁ、そうかもしれねーな」
「何が?」
「なんかなぁ、似てんだよ。あいつ...」
「?」
「うちのクソオヤジにな...なんかいっつも落ち着いてるってか冷静でさ、裏の裏ではなに考えてるか分かんねー感じがして...なんか腹立つ」
「あんな感じなの?優希のお父さんって」
「ああ。顔まで似てる気がしてきやがったよ」
「...ふふっ」
そんな風に語る優希の顔には少し懐かしさのようなものが見えた。
「面白くねーだろ別に...」
「いや、なんか私のお父さんと真逆だなーって!なんか抜けてて頼りないの。けど優しくて...」
「ほぉ...」
優希が突然私の頭を撫でた。
「ぅひゃっ」
「まさに凛そのものじゃねーか。だからこんないい奴なのかお前はぁ」
「もう...」
前から思っていたのだが優希は私の事を妹かなんかだと思っているのではないのだろうか。まあ身長差もそこそこあるから仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。
そうしているうちに私の部屋の前に辿り着いた。まあ、優希の部屋も隣なのだが。
「じゃあ今日はきっちり寝ろよ?音力を回復させるとかそんなんじゃなくてよ」
「分かってるよ。私も普通にゆっくり休みたかったんだから。優希こそちゃんと寝てよ?」
「ああ、分かってるよ。おやすみ、凛」
「うん。おやすみ」
そうして優希と別れた私はすぐに着替え、ベッドへと潜り込んだ。体もそうだが少し精神的にも疲れていたからか、眠りにつくまでほとんど時間はかからなかった。
今日の事がきっかけで、明日から私と優希の生活が大きく変わってしまうことを私はまだ知らない...
正月ということで気がゆるみ若干投稿が遅れてしまいました。けれどもこれから少し忙しくなるので少し投稿ペース緩めるかもしれません...申し訳ないです。
というわけで今回はだらだら回ですが最後にちょっと大袈裟な振りを入れてみました。本当に大袈裟だったかも...