第8話 戦闘
フォルデンへは馬車を全速力で飛ばして一時間程度かかる距離だ。馬車のの中ではフォルデンに着いてからのそれぞれの動きを確認していた。私の護衛にグラニスが付き、アランは護衛と同時に既にフォルデンに到着している兵の統率。そして優希は取りあえず私と一緒にいるということになった。
やがて、前方に大きな城壁とその内側から立ち上る煙が見えた。時折空気を裂くような鋭い咆哮が響いてくる。それを聞いたアランが口を開いた。
「おいおい...海を渡ってきたらしがまさかドラゴンがいるとは...これは大変そうだ」
「ドラゴン?」
ドラゴンとはあのファンタジーによく出てくるドラゴンだろう。そんなのもいるのかと私は少し驚いていた。
「最強の魔物だよ。よく聞こえないが恐らくまだ若いドラゴンだろう...それでもざっと十頭はいる気がするな」
「それだけいれば町一つ壊滅させるのに十分かもしれないですね。でも一度にそんな数のドラゴンがくるなんてどうなってんでしょうね…」
アランとグラニスの会話からいかにドラゴンが脅威かは簡単に想像できた。
「そんなにつえーのか?ドラゴンって」
優希の問いにグラニスがとんでもないという顔をして答えた。
「そりゃもう...若いドラゴンでも一体倒すのに一部隊ってところかな。今回の数だと今回首都から送った兵力でも五分五分ってところかもしれない」
「そんなにやべーのか...」
そんな話をしていると、やがて少し小さな砦のような物が現れた。アランがその横に馬車を止めた。
「ここ、ですか?」
「ああ。本来は町を守るための最後の防衛戦のために造られた砦なんだがな。今はここを拠点に町を取り返そうとしている。まさか町をやられてから使うことになるとはな」
砦は町の外れにあり、中心部を囲む城壁にもくっついている。大きさは砦とはいえ学校くらいあるだろうか。私達は馬車から降りた。このような砦が町を囲むように五つあるらしい。
グラニスが馬車から荷物を積み出した。アランは長剣と大きな盾を、グラニスはいつもの軽そうな剣を身につけた。優希も一応ということでグラニスと同じような剣を持ち、私は神奏器をケースから取り出した。
「取りあえず状況を確認しに行こう。ついてきてくれ」
アランの指示で私達は砦の中へと入った。内部から城壁の上に出ることができるらしい。
砦の中は、想像以上に凄まじい状況だった。
高校の授業か何かでよく見ていた戦争の映像を思い出した。担架で運ばれていく傷ついた人々の血の色が生々しかったのを覚えている。今目の前にあるのはまさにその光景だった。
グラニスとアランはこういう状況に慣れてしまっているようだ。しかし、私にはどうしてもショッキングなものに見えてしまう。いや、実際ショッキングなのだが。優希でさえ顔をゆがめていた。
そんな私達の様子を察してか、グラニスが私達に声をかけた。
「...最初は慣れないと思うけどこれが戦場だからな、この先何度もこういう事があるかもしれないから...」
「あ、ああ…」
返す優希の声に、いつもの勢いは無かった。
そんな砦の中を階段を昇りながらしばらく歩くと、やがて空が見えてきた。しかしそれは煙で灰色に染まっている。
視界が開けると、私達は町を囲む城壁の上に立っていた。
「...」
言葉が出なかった。初めて、地獄をみた気分だ。
ランダルクとほとんど同じような規模の町一つが、煙を上げてまさに“壊滅"していた。
あちこちの建物には炎が燃え盛り、そうでない建物もほとんどが瓦礫と化している。その中で建物より少し高いくらいの高度を翼のついたドラゴンらしき魔物が低空飛行をしていた。石畳の道には見たこともないような獣のような生き物が歩き回り、所々に赤い液体のようなものが飛び散っていた。あれが人間の“血"なのだろうか。
「...ひどいな。おい、市民の避難は?」
アランが城壁の上に立っていた見張りらしき兵士に尋ねた。
「あ、団長!それに副団長も...避難して身元が確認できている住民は全市民の6割程です。しかし今は魔物を町から出さないように食い止めるので精一杯で...」
「膠着状態なのか?」
「はい。しかし魔物の新手が現れる様子はありません。町の中の魔物を殲滅できればいいのですが」
「まあドラゴンもいるし厳しいだろうな。もう少しすれば首都から兵が来る。それまで持ちこたえられればいいんだが...」
アランが町を軽く見渡した。
「リンさん、ユウキさん、少しの間ここにいてくれないか。城壁の上なら襲われることもないだろう。ドラゴンもこっち側にくる気配は無いしな。俺とグラニスは少し前線の様子を見に行こうと思う」
グラニスが心配そうに言った。
「アラン団長、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だろう。いざとなればユウキさんも戦えるだけの実力は持っているんだろう?お前に勝つくらいだからな。そうだろう?」
優希が背中の剣を撫でながら応えた。
「当たり前だよ。何があっても少なくとも凛を傷つけることはしねーよ」
「頼もしいな。よし...グラニス、行こう」
「はい」
そうしてグラニスとアランは砦の中へと戻っていった。そのまま下へ降りるのだろう。私達は城壁の上から町を見下ろしていた。
「優希」
「どうした?」
こんな光景を見ていると、これは現実ではないと錯覚してしまう瞬間があった。
「これ、現実なんだよね…」
「...多分な」
ようやくこの世界に慣れ、グラノゲルトという世界に私達が今いるという現実味が丁度わいてきたと思っていたのに、一気にそれが薄れてしまった。一つの町がこんな事になってしまうということに実感がわいていない。それと同時に町のそこらじゅうに飛び散っている赤い液体が町に住んでいた人達のものだとも信じられなかった。直接見た訳ではないが、そこには今まで私達が直面したことの無い“死"がある。
しばらく私は呆然としていた。しかし、優希の驚いたような声ではっとする。
「あれ、人じゃねーか!?」
優希がそう言って指さした先、城壁から30メートル程離れた位置の瓦礫の山の影に一人の少女がうつ伏せに倒れている。そして、その近くには半魚人のような姿の魔物が六匹うろついていた。彼女が見つかるのも時間の問題のようだった。
「あれ、ヤバいんじゃねーか!?」
「うん!早く兵士の人呼ばないと...!」
そう言って私は周りを見渡した。しかし、近くには先程の見張りの兵士が一人いるだけだ。あの数の魔物の相手をするには普通の兵士一人では足りないということは容易に想像できた。
「と、砦の中に行って...」
「ダメだ、時間がねぇ!」
見ると半魚人の一匹が少女の倒れている瓦礫に急接近している。魔物が少女を見つけるまで後十秒といったところだろう。
私達が慌てているのを見てようやく見張りの兵士が状況を理解したらしい。勿論自分一人でどうにかなる魔物の数ではないということと、応援を呼べば間に合わないということもだ。
「くそッ!仕方ねえ!」
どうにもできない。そう思った瞬間、突然優希の鋭い声が聞こえた。同時に優希のいた場所から大きな火の玉が発射され、半魚人の目の前に着弾した。当然半魚人は怯み、優希のいた方向に視線を向けた。しかし、そこには既に優希の姿は無かった。
「おらぁっ!!」
まるで不良が喧嘩をするときのような声がしたかと思うと、半魚人の体が真っ二つに切り裂かれた。紫色の体液が飛び散る中、そこで剣を振り下ろしていたのは優希だった。
城壁の高さは恐らく20メートルはある。どうやってあそこまで行ったのかは分からないが、間違いなくあれは優希だった。
それから先は凄まじい戦闘だった。優希が一匹半魚人を倒したことで、残りの半魚人が優希の存在に気付き、一斉に彼女に襲いかかった。動き自体は速くはない。しかし、一匹が何か力を溜めるような仕草をするといきなり氷の槍が現れた。魔術が使えるらしい。そうして氷の槍は一気に優希に向かって放たれた。
しかし、優希は自分の周りに円形の炎の壁を形成し、向かってきていた半魚人の足止めをした。その上で壁を貫いて襲ってきた槍をいとも簡単にかわし、それを放った半魚人との間合いを一気に詰めて剣でそれを切り裂いた。
すると、今度は敵は直接襲いかかっては来ずに、魔法を一斉に放った。四本の槍が一度に優希に襲いかかる。
優希は今度は避けようとはせずに、槍が飛んでくる僅かな時間差を見計らい剣を構えてそれを叩き落としていった。一本だけはじき損ねた槍の先端が彼女の頬を掠め血が飛んだが、優希からすれば掠り傷だ。全く問題は無いようで、次の瞬間には凪払われた彼女の剣によって四匹は同時にその体を切り裂かれ、その場に崩れ落ちた。
「す、凄い...何者だ?あいつ...」
優希の戦いっぷりに見張りの兵士も驚いていた。そう、殆ど非の打ち所の無いような素晴らしい戦いだった。...ここまでは。
後は倒れている少女を救い、ここに戻って来るだけだ。どうやって戻ってくるかは分からないが、向こうに行けたということは戻ってくる手段もあるということだろう。
優希が少女の所へと走り寄った。しかし、突然彼女の体が大きな体に包まれた。私にはその理由が一瞬で理解できたのと同時に恐怖心というか絶望感を感じた。
優希も何が起きたのかと頭上へと視線を向けた。高さ10メートル程の所に、さっきまで遠くにいたはずのドラゴンがいた。優希の頭上を大きくも不気味な翼で旋回している。アランはまだ若いと言っていたが、それでも全長5メートルはありそうだ。近くで見るとその大きさがよくわかる。体は全身深緑の鱗で覆われていた。
大きく赤く光るその瞳は、確実に優希を捉えていた。流石の優希も突然の想定外の出来事に動けずにいる。それがいけなかった。
急降下したドラゴンは大きな腕と手で優希を掴んだ。優希はなにもできずにそのまま持ち上げられ、剣も落としてしまっていた。
その光景はまるで子供が人形を掴んでいるように見えた。違うのは掴んでいるその強さだ。
「くっ...あっ!くっ、そ...離しやがれ!」
かなり強く締め上げられているらしく、魔法を使えるほど集中できないようだ。
「優希っ!!」
やがてドラゴンが優希の体を自分の口へと近づけていき、同時に口を大きく開いた。
(これって、食べようとしてるんじゃ...嘘っ!)
優希はドラゴンの手から抜け出そうとしているのか苦しいのか必死にもがいている。私は自分にできることを必死に探した。
(どうしよう!助けを...ダメ、間に合わない!私も下に...行ってなにができるの?そもそも降りられない!じゃあどうしよう...そうだ!)
私は今まで自分の手に神奏器を持っていたことを忘れていた。
(一か八か、やるしかないっ...!)
私は神奏器を構えた。
(...お願い、消えて!)
何故かは分からないが、とっさに思いついたのがその念だった。対象は魔物、いうことしか意識しなかった。そうして私は全力で神奏器に息を吹き込んだ。
今までと同じように頭に旋律が流れてきた。しかし、それがどんな旋律かの説明は難しい。よくわからない。それでも私の体はその旋律を奏でた。
優希が私の方を向いた。見張りの兵士も同じように私を見た。
私が旋律を奏で始めてから十秒ほどで、ドラゴンに変化が見え始めた。突然優希を放り出し、頭を抱えて苦しみだした。優希はたまたま近くにあった建物の上に転がり、大きな怪我はないようだ。
そんな事を気にしている最中もドラゴンは苦しみ続けていた。そしてとうとう地面に墜落する。優希も見張りの兵士もその様子をただ眺めていた。
やがて、ドラゴンが動きを止めた。しかし、息絶えたというよりはまるでビデオを止めたときのような固まり方だった。そして、それまで深緑だった体が灰色になったかと思うと、そのまま砕け散った。その塵は風に流されすぐに見えなくなった。
ドラゴンばかりに気を取られていた私達はこの時まで気づかなかった。町の至る所から同じような塵があがっている。先程まで十匹いたドラゴンも、今は町の丁度反対側辺りを飛んでいる二匹だけになっていた。何が起きたかは私にはすぐには分からなかったが、演奏が止まったとき、全てを理解した気がした。
私が、町の半分以上の魔物を消し去ったのだ。
少し長くなってしまいました...
初の戦闘シーンです。結局優希が大活躍してしまいました。グラニスは何をしているんだ...
そして凛もようやく主人公らしい活躍を見せた所で今回は切りたいと思います。