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旋律の少女  作者: やーた
7/12

第7話 初陣へ向けて

 私逹がグラノゲルトに来てから二週間が経った。あの日以降も私と優希はアグレナードの城に泊めてもらっている。私はベリッツに手助けしてもらいながらも音術をコントロールする練習をしていた。


「それじゃあいきますね」


 城の中庭で私は神奏器を構え、強く念じた。


(暑く、なれ...!)


 私が使おうとしているのは場の温度を上げる音術だ。温度変化は音術の基本らしい。


 神奏器に息を吹き込むと、無意識の内に私は旋律を奏で始めた。いかにも暑くなりそうな旋律だ。無意識に演奏できてしまうのは二週間前から変わらないが、かなり意識がはっきりしていた。やはりそれに関しては単純な熟練度の問題だったらしい。


「いい感じですね、リンさん」


 ベリッツの声で私は神奏器を下ろした。


「うん、だいぶコントロールできてきています。随分上達が早かったですね」

「そうですか。ありがとうございます」


 さらにここ三日ほどでは狙ったポイントだけに音術を当てることもできるようになってきた。これだけできればもう普通の音術師と変わらないレベルだとベリッツは言った。


「じゃあ後は術の威力そのものを上げるだけですか?」

「そうですね。後もう少しです。明日もがんばりましょう」


 それで今日の練習は終わった。一日辺り休憩を挟みながら二、三時間の練習を今私はやっている。なかなか長い練習時間だが、城の中ということもありそれ以外にやることがない。つまり暇なのだ。これが城でなければ気軽に町に出たりと色々と暇つぶしがあるのだが、この城は町外れの丘に建っているため町まで出るのは意外と大変だったりするのだ。と言うわけで私の娯楽は城に置いてある本を読む事ぐらいだったりする。


 因みにこの世界、日本語で会話をしても普通に通じるのだが、文字が日本語とはまるで違う。というか私達の世界では見たこともない文字を使っているのだ。しかし、何故かそれらは勝手に日本語に変換されていく。お陰でそういう面で困ることはなかった。


 とは言っても読書だけではやはり物足りないのだ。どうせなら音楽がやりたいのだがどうやら音術師は神奏器に限らず、楽器を吹く時感情を込めてしまうと音術が少なからず漏れてしまうらしい。それが音術を使うときの不思議な旋律でなくともだ。さらに私は音力がかなり強いせいで漏れ出しただけの音術でも何が起こるか分からないらしい。そのせいで音楽をする事はできないのだ。


(まあ、歌を歌うっていうのもあるんだけどさ…)


 歌なら音力が漏れ出すことはない。部屋に戻った私はソファーに腰掛けてそんな事を考えていた。


(でもなぁ...楽器なら何ともないのに歌ってなると誰かに聞かれるとちょっと恥ずかしいんだよね…)


 私は小さな溜め息をつくと、本でも読もうと思い立ち上がった。


 私がこんな状況なのに対し、優希のここでの暮らしはかなり充実しているようだ。


 優希は二種間前のあの日、私の音術の試し打ちの後でグラニスに会いに行っていた。そしてこう言ったらしい。「私を剣士にしてくれ!」と。何でも私がこの世界のために戦うと言っているのに自分が何もしないのは耐えられないらしい。


 その日から優希は剣の練習を始めた。ただ、優希の運動神経だ。上達が早いとかそういうレベルではなく、最初からできてしまっていたらしい。それでも優希は練習の手を抜くことは無く、むしろそれを彼女のここでの娯楽にしてしまっていた。お陰で優希の練習時間は一日辺り六時間にもなっていた。


 つまりこの城にいる剣士や兵士は皆優希の練習に付き合わされ、さらに彼女の模擬戦の相手をしてボコボコにされているらしい。いい迷惑、なのかもしれない。


 優希がある意味では羨ましいと思っていると、部屋の扉が乱暴に開けられた。


「凛~!!」


 部屋に飛び込んできたのは優希だ。少し土で汚れた動きやすそうな剣士の服を着ている。よく見ると後ろにはボロボロになったグラニスがいた。優希はかなり興奮しているようだ。


「どうしたの優希?」

「グラニスに勝ったぞ!」


 恐らく模擬戦の事だろう。


「でもグラニスさんに勝つって...グラニスさんってこの国の防衛団のナンバー2だよ?」


 グラニスが言った。


「俺も油断したのもあるけどまさかこんな...」


 流石にグラニスはショックを受けているようだった。


「優希、どうやって勝ったの?」


 優希が嬉しそうに言った。


「それが聞いてくれよ!私な、魔術が使えるようになったんだよ!」

「...しかも使えるようになって一日であんなに操れるようになるなんて...」

「ちょっと見てくれよ!」


 そう言うと優希は私から少し離れると自分の目の前に手をかざし、ふんっと力を入れた。すると優希の手の上に光が集まり、次の瞬間にはそれはソフトボール大の火の玉になった。


「す、凄いね…優希」

「そうだろ?今日の朝なんとなくグラニスの真似したらできてさ、二時間くらい練習したら模擬戦で使えるようになったんだよ」

「に、二時間...」


 優希のセンスにはいつも驚かされてしまう。


 しばらく私と優希がその事について話していると、グラニスが力無く言った。


「何でもいいけどそろそろ飯の時間じゃないか?今日は俺は一人で食うかな…」


 そしてグラニスは部屋からゆっくりと出ていった。よっぽどショックだったのだろう。


「...ていうか優希、どうやって勝ったの?」

「ん?模擬戦始まった瞬間に覚えたての火の魔術を一発打ち込んだらグラニスが怯んでさ、その隙に一気に間合いを詰めて剣を弾いたんだよ」

「それ、瞬殺ってやつじゃ...」


 そりゃあグラニスも落ち込むなぁと私は納得した。剣士になりたてのしかも年下の少女にそれをやられたのでは彼のプライドもズタズタだろう。


 少しグラニスが気の毒だなと考えながら時計を見ると既に七時を回っていた。


「...晩御飯、食べにいかなきゃね」

「おお、そうだな!今日は腹減ってるし楽しみだな!」


 その日、優希はずっと機嫌が良く、それとは逆にグラニスが元気が無いことをベリッツやエナドが気にしていたようだが、私は何も言えなかった。まあ、単にグラニスが可哀想なだけだったのだが。


 そんな感じで今日は私は疲れからかぐっすり眠ることとなった。







 次の日の朝、城の中が騒がしさで私は目を覚ました。取りあえずいつもの普段着の姿に着替えて廊下に出てみると、城の兵士が慌ただしく走り回っていた。私はその内の一人を呼び止め、話を聞くことにした。


「何かあったんですか?」

「ああ、リンさんですか。ちょっと今はあまり詳しく話している時間は無いんですけど...北の海に面したフォルデンという町が海を渡ってきた魔物の大群に襲われているという情報が入ったんです。詳しい事は...あ、ユウキさん!」


 振り返ると優希がこちらに走ってきていた。


「ユウキさん、リンさんに詳しい説明してあげて下さい!」

「ああ、分かってる」


 そうして兵士は走っていった。


「優希、何があったの?」

「さっきの兵士が言ってただろ?魔物が町を襲って北の方にある港町が壊滅状態になっちまったらしい。それで首都からも兵を派遣することになったみてーだ。取りあえず私達はエナドの所に行くぞ!」

「わ、分かったよ。行こう」


 エナドのいる部屋にはグラニスとエナド、そしてもう一人、長身の男が立っていた。


エナドが私達の姿を確認すると口を開いた。


「二人とも来てくれたか。事情は知っているかい?」

「はい。さっき聞きました」

「なら話は早い。リン君、今からグラニスとこの男とフォルデンに向かってほしい。ああ、勿論無理に戦ってくれとは言わない。まだ君は実践経験が無いからね。行くだけでいいんだ」

「...分かりました」


 この世界を守るために自分の力を使うと決めた以上、戦場という場所にいつか行くことになるのは覚悟していた。しかし、戦うわけでなくとも実際に戦地に行くとなると多少恐怖心が生まれてしまう。


「大丈夫だよ。君の身の安全は私が保証しよう。そのために二人を連れていくんだ」


 そう言われてグラニスと長身の男が前に出てきた。


「多分君達は初めて会っただろう。彼は城下防衛兵団団長のアラン君だ」


 長身の男はエナドの紹介で口を開いた。


「アラン・ザガトだ。よろしく」

「松崎凛です。よろしくお願いします」

「私は平野優希だ。よろしく」

「ああ、よろしく」


 髪は長く、後ろで結んでいる。年は恐らく30歳前後だろう。落ち着いた雰囲気がでている。


「よし、それじゃあ早速フォルデンに向かってもらおう。食事はグラニスに持たせてあるから馬車の中ででも食べるといいよ。そうだ、後...」


 エナドは優希の方を向いて言った。


「ユウキはどうするんだい?」


 優希がちらりと私の方を見てから答えた。


「行くに決まってんじゃねーか。私が行かないで誰が凛をサポートするんだよ」

「まあ、そういうと思っていたよ。それじゃあ今度こそ出発してくれ。馬車は城の門の前に出してある」


 こうして私の最初の戦いが始まろうとしていた。

 優希が魔法をマスターしました。もう優希にできないことは何もないんじゃないだろうか。

 次回はいよいよ魔物が初登場&最初のまともな戦闘シーンになると思います。いい加減グラニスを目立たせられるよう頑張ります。

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