第6話 『呪』
母さんが入院し、一夜が明けて朝8時。
不安で仕方ないこんな精神状態でも、お腹は空く。
それに呆れながら、二階の自分の部屋から降りてリビングを通りキッチンへ向かう。
「………………」
ダイニングテーブルには、巡姉さんが突っ伏して寝ていた。
床やテーブルの上に何かの研究資料らしき書類が散乱してるから、内容は見ずにまとめて置く。
「母さんが入院したって言うのに、マイペースだなぁ……」
5分ぐらいで作業を終えて、キッチンに入る。
「今日はバイトも無いし、自転車を直して母さんのお見舞いに行かないと……」
そう考えながら今あるもので適当に朝ご飯を作る。
今日は鮭茶漬けになるかな……。
「…………ん、いい匂い……」
「あ、姉さん、おはよう」
「……ん、おはよ、う……すぅ……」
匂いに釣られて目を覚ましたけど、すぐにうつらうつらし始める巡姉さん。
確か、かなりの低血糖で、朝はめちゃくちゃ弱いんだっけ……?
「取り敢えず、書類片づけて。朝ご飯にしよ」
「了解……」
返事をすると、のそのそと動いて書類を回収していく。
それを足元に置いていたらしいトランクに詰めて片付けが終わったみたい。
そのあとで、テーブルを拭いて作った鮭茶漬けを出す。
「……そっか、姉さんは入院、してたんだっけ」
「昨日の事だよ!?」
まさか、昨日のことまで忘れてるとは……。
「……冗談。食べたら、お見舞い行ってくる」
「じゃあ、着替えとか出しとかないと……」
そんな会話をしながら、手を合わせ。
「「いただきます」」
まずは、朝食をとるのだった。
◆
「……じゃ、行ってくる」
母さんの着替えとかの入ったリュックを背負った巡姉さんが、バイクに跨りながらそう言う。
エンジンをかけ、ヘルメットのバイザーを下ろす。
「うん。僕も、家の事と自転車の修理が終わったら行くから」
「わかった」
僕が返事をするとほぼ同時に、アクセルを吹かし爆音を響かせて発進する巡姉さんのバイク。
毎回思うんだけど、近所迷惑な気がする。
「……さて、まずは洗濯と食器洗いと掃除で。そのあとに自転車のパンクを――」
沈みそうな気分を何とか立たせて、やることを考えながら家に入ろうと踵を返した時。
「――少しいいかな、少年?」
聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。
「――え?」
思わず振り向く。
「む、もう私の事を忘れたのか? 着替えている時の私の下着を見たというのに」
「し、東雲先輩!? 白昼堂々何言ってるんですか!?」
「なんだ、覚えているではないか。……おはよう、少年」
「お、おはよう、ございます……」
そこにいたのは、昨日会ったばかりで僕を人形部へ入部させた東雲先輩。
「……おはよう、あやと」
「あ、撫子も一緒だったんだ。うん、おはよう」
それと、先輩の肩に掴まって乗っている人形の撫子だった。
まだ9時を回ったくらいなのに、というか家の場所を教えた覚えもないんだけど何でわかったんだろ?
「少し話があってな。……玄関先では難だ、中へ入れては貰えないか?」
「え? あ、は、はい……ど、どうぞ」
「うむ、すまんな」
頭に浮かんだ質問をする暇もなく、家の中へ案内させられる僕。
多分、東雲先輩には話術じゃ勝てない、絶対。
そんなこんなで玄関に入る。
「失礼するよ」
「おじゃまします」
先輩は座って靴を脱ぎその肩から撫子がぴょん、と飛び降りる。
そのまま撫子も靴(というか革草履)を脱ぎ、先輩と一緒に揃えて並べる。
「えと、こっちです」
そう言って二人を先導し、ダイニングテーブルの椅子へ座るよう促し、僕はキッチンに入る。
緑茶を淹れ、買っておいた栗羊羹を切り分けて皿に載せて、先輩と撫子の元に戻る。
「……粗茶ですが、どうぞ。撫子にも淹れてきたけど……?」
「ふむ、頂こう」
「ありがと、あやと」
羊羹と緑茶をそれぞれの前に出し、僕も先輩の向かいに座る。
先輩は一枚の絵になるような綺麗な動作・作法で湯呑を傾け、淹れた緑茶を飲む。
撫子は人形だからか、予想はしていたけど飲めないみたいで手を付けていない。
「そ、れで、話ってなんですか?」
「……ああ! 忘れる所だった。思った以上に、少年の淹れた緑茶が美味かったのでな」
「あ、ありがとうございます……?」
「なぜ疑問形なのだ?」
話を戻そうとしたら、また少し逸れた……。
そう思っていると、先輩が咳払いをしさっきまでのフランクな雰囲気から、真剣な表情に変わる。
「無駄な問答は置いておいて、だ」
「……もとは先輩から振ったんですよ?」
「置いておいて、だ!」
「は、はいっ!」
流石に、真剣な時に言い返すのはやめよう……。
……絶対に、勝てそうもないし。
「少年、キミに出来る限り持っておくように言っておいたカードはあるか?」
「!」
僕が返事をした直後に先輩から聞かれた事は、あの青いカードを持っているかだった。
「……今、手元にはないです」
「……ほう? なら、今の所在はわかるのか? 今の言い方からすると、自分の意志で手放したように聞こえたが?」
僕の答えに、先輩の声の質が変わりさっきよりも鋭くなる。
それに若干脅え、怯みながらも僕は次にいうべき言葉を頭に浮かべる。
「て、手放したわけじゃない……です。……昨日、母さんが倒れて入院して。
つきっきりでずっと病室に居るわけにもいかないから、せめてものお守りにと思って、母さんに持たせて……」
「………………ふむ」
体が震えそうになるのを抑え、鋭い視線を向けてくる先輩の目を何とか見返す。
そこから、幾ばくかの沈黙が流れる。
その長い沈黙を破ったのは。
「……あねさま」
撫子だった。
「……ああ、わかっているさ、撫子。少年、キミのしたことは間違ったなどいないさ」
「……えっ?」
それを受けて答える東雲先輩の口調も目つきも、さっきまでの鋭く冷たいものから変わり、とても優しい何かを見守るような、そんな感じだった。
「あれは一種の護符でな? 魔人形から持つ者への呪をある程度和らげるものだ。あぁ、呪と言うのは読んで字のごとく魔人形によってかけられるある種の呪いだ」
「……じゃあ、母さんが倒れたのは……」
「おそらくは……呪、それによる影響だろう」
そう言われ、僕は俯く。
まさか、あのカードがそんなに重要なものだったなんて。
「……だが、あの護符の効果も無限じゃない。入院するほどの変調を起こすほどの呪だ、護符ももって2、3日程度だろう」
「……それが、過ぎたら……」
「少年の考えている通りだろう、な……」
つらそうに眼を閉じる東雲先輩。
母さんに持たせたのが昨日だとすると、タイムリミットは――――!
「……あと、1日半」
「……それがタイムリミットか、少年?」
先輩の返す言葉に、コクリと頷く。
そのまま、先輩は腕を組んで目を閉じて考える。
数十秒後。
「……なら、少年。私達をキミの母親の入院する病院に案内してくれ。リミットが少年の言ったとおりだとすれば――」
「そこに、母さんを苦しめてる魔人形が現れる……?」
先輩の提案、それは病院で待ち伏せしての魔人形の討伐。
僕としても、出来れば母さんの近くについていたかったから、願ったり叶ったりかもしれない。
「……わかり、ました。母さんのいる病院に、案内します。どうか、……母さんを助けてくださいっ!」
テーブルに額をぶつけそうな勢いで頭を下げる。
そんな僕の頭を、二つの手が撫でる。
「――ああ、任せておけ、少年。キミの母親は、必ず助ける」
「だから、安心して。ね、あやと?」
一つは、撫子の子供のような小さな手。
もう一つは、東雲先輩の包まれそうな優しい手。
「お願い、しま……す……」
その暖かな手に撫でられて、僕は泣いていた。
◆
絢人の母親である要の入院している病院から数百m離れた位置にある鉄塔。
その階段の中腹あたりに、青いドレス姿の少女が座っている。
その少女はただただ一点、遠くに見える病院のみを見ていた。
「ンー? ヘイトノ呪ガ効キニククナッタ……? ダレカガ、ナニカシタ?」
機械音声のように所々甲高い彼女の声に、若干の疑問符が混ざる。
「マ、イイヤ。コレカラヘイトガ直ニ殺シテアゲルカラ、待ッテテネ、"かなちゃん"」
誰に言うでもなくそう呟いた彼女は、階段の中腹から下の方にある電柱の上めがけて飛び降りた。
彼女は空中でもバランスを崩すことなく、難なく電柱の上に着地し、上機嫌でくるりと1回転する。
「アァソウダ、大和撫子ッテ人形モ来ルカナ? 来タラ、今日ハズタズタニ『螺子』伏セヨウカナ?」
言いながら、ドレスのスカートの中から取り出したのは、直径10cm、長さ40cmほどの巨大な螺子。
さらに、ばらばらと大量の五寸釘も落ちて広がる。
「フフフフフフフフフフッ、アッハハハハハハハハッ!」
ばら撒かれた五寸釘はひとりでにカタカタと動き、彼女の元へと舞い戻る。
「アナタタチモ、チャァント使ッテアゲルヨ? ダカラ、待ッテテネ?」
その言葉を理解したかのようにくるくると回る五寸釘数十本。
「殺スニハ、夜ガイイネ……。今日ハ、月ガキレイダロウナ……」
そう言いながら空を見上げる。
まだ空は青い。
「ア~ア、早ク夜ニナラナイカナァ~」
電柱の上にすとん、と腰をおろして足を投げ出し遠くを眺める彼女の横顔は。
どうしようもない程に綺麗で。
――――どうしようもない位に、歪みきっていた。
お久しぶりです、フュージョニストです。
約1月ぶりの投稿になります。
まずは、遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
ここまで遅くなってしまったのは、長期休職から職場復帰した上で配置変更になったため、慣れるまで時間がかかり執筆できるような状況じゃなかったからです。
これは別サイトで投稿中の二次創作にも言えます。
ようやく若干の余裕が出来そうなので、これからは月に2回くらい更新が出来ればいいなぁと考えております。
さて、次回は激突(もしくは直前)まで持っていければと思っております。
ご意見・ご感想、誤字・脱字の指摘などありましたら頂けると嬉しく思います。
次回も、よろしくお願いします。