Play My Hunch
昼休み。それは、私に『表面上の私』としての時間しか与えてくれない退屈な学校生活を乗り切る為の元気をくれる時間だ。
中庭には秋の涼しい風が吹き、一人で読書をする為の環境が自然と整っている。それに比べて今頃教室では派手好きな女子がファッション誌片手にお喋りしていたり、群れる事が強さだと考える男子がトランプやウノをしていたりする事だろう。あんな五月蝿い所で読書が出来るはずが無い。居ても苛立つだけで、何にもならない。だから私は、昼休みになるといつも中庭で読書をする。
ある日、私が中庭に来てみると一冊のノートが置いてあった。(…誰の、なんだろう?)私は躊躇う事無くそのノートを読んでいた。ノートに書かれていたのは小説で、私のように毎日に退屈している少女が主人公だった。文章も、構成も上手で、とても同じ学校の学生が書いたとは思えない。小説に私が夢中になっていると、
「あの、それ…僕のだと思うんだけど?」
という声が聞こえた。声のほうを振り向くと、背の高い、一人の少年がそこにいた。彼は私のクラスメートだが、クラスの愚かでガキっぽい男子とあまり馴染もうとせず、比較的一人でいることが多いので、女子からは人気がある。私としても、彼は気になる存在だ。
「ごめんなさい。これ、どうぞ。」
「本当に、僕のだ…。」
彼が恥ずかしそうに俯いてしまったので、私は慌てて彼にノートを渡した。私も趣味で小説を書くが、何故ここまで上手いのだろう。私は率直にその疑問をぶつけてみた。
「どうやったら、そんなに上手い小説が書けるの?」
「毎日クラスの中を見てると、イメージが浮かんでくるんだ。そこに、自分なりの本音を書いたんだけど…、気に入ってもらえて、嬉しいよ。」
彼が滅多に見せない笑顔。それを見られた事が何だか嬉しかった。その時、中庭にチャイムの音が響き、私達は急いで走り出した。
その日の放課後、私達は再び中庭で話した。夕方だと少し寒いが、それでも、彼に小説について色々聞きたかった。
「あれは、ちょっと君に主人公を似せてみたんだけど、他にも、いろんな人をモデルにした登場人物が出てくる物語を書いてるんだ。」
これには、正直驚いた。まさか、私が、そしてクラス中の人がモデルになった物語があるなんて。それを、彼が書いてるなんて。
「すごい!それ、皆に見せたら、きっと楽しんでくれるよ。」
「そうかな?」
「上手だし、楽しいんだから、当たり前よ。」
彼は恥ずかしそうにしていたが、すぐに真面目な顔になった。
「でも、こういうのって僕は一番読んで貰いたい人に読んで貰えればいいと思うんだ。」
そういうと、彼はまっすぐ私を見た。
「最後まで、読んでくれた?」
最後まで、内容をもう一度思い返して私はハッとした。最後の一ページには、主人公がクラスメートにこう言われるシーンが描かれていた。『一人でばかり抱え込んでないで、たまには、他人に頼るのも、ありじゃないの?』と…。彼は、きっと私にそう伝える為にこれを私に読んで欲しかったんだ。私は、一人じゃないんだ。周りには、きっと私のことを気遣ってくれている誰かがいるんだ。私の事をわかってくれる人の前では、『本当の』私でもいいんだ。そう気付いたとき、私の目からは涙が溢れていた…。
「ありがとう…。本当に、ありがとう…。」
黙って傍にいてくれる彼に縋って泣き続けた私を見ていたのは、透き通るような秋の空だけだった。