科導文明の未来(中編)
基礎科導教育計画。
その発表は、世界中で大きな議論を巻き起こした。
賛成する者、反対する者。
どちらにも理由があった。
反対派の代表的な意見は明確だった。
「文明が発展した意味を理解していない。」
「全員が技術を学ぶ必要などない。」
「専門家が管理すればいい。」
確かに。高度化した社会では分業が必要だった。
医師が医学を学ぶ。
建築士が建築を学ぶ。
研究者が専門分野を学ぶ。
全ての人間が全ての知識を持つことなど不可能である。
しかし。レオンが問題としていたのは。
専門家になることではなかった。
最低限の理解を失うことだった。
王立議会。
教育計画についての審議が行われる。
議員が問う。
「学院長。」
「あなたは全ての国民に科導教育を受けさせるつもりですか。」
レオンは答える。
「いいえ。」
「全ての国民を研究者にするつもりはありません。」
「しかし。自分たちの生活を支える技術について。」
「何も知らない状態にするべきではないと考えています。」
議員は続ける。
「しかし。便利な道具を使うだけでは問題なのですか。」
レオンは少し考える。
「道具を使うこと自体は問題ではありません。」
「私たちは昔から道具を使ってきました。」
「問題は。道具が失われた時。」
「何が起きているのか考えられなくなることです。」
レオンは一つの例を挙げた。
「三百年前。」
「初代アルヴェインは火炎魔導の防御方法を研究しました。」
「彼は火を消す方法を探したのではありません。」
「火炎魔導とは何かを理解しようとしました。」
「結果。」
「熱を遮断するのではなく。」
「火炎を維持する魔力場へ干渉する方法を発見した。」
「現象を理解したからこそ。」
「新しい解決策が生まれたのです。」
議場は静かになった。
「科導とは。」
レオンは続ける。
「答えを覚える学問ではありません。」
「問題を見つけ。原因を考え。新しい方法を作るための学問です。」
最終的に。
基礎科導教育計画は承認された。
ただしレオン自身が求めた形とは少し違った。
全員に高度な術式設計を教えるのではなく。
生活に必要な基礎知識。安全管理。簡単な修理。科学的思考。問題解決能力。
それらを中心とする教育になった。
数年後。各地の学校で新しい授業が始まった。
科導史。魔素基礎。技術倫理。簡易実験。
子供たちは。
ただ装置の使い方を覚えるのではなく。なぜ動くのかを学ぶようになった。
ある村。以前、科導農具の故障で困っていた場所。
そこでは。若者たちが簡単な修理技術を身につけていた。
「魔素流路の詰まりだ。」
「術式の一部が乱れている。」
「ここを調整すれば動く。」
農具は再び動き出す。村人たちは喜んだ。
しかし。都市の技術者が来た時。
彼らは別の問題を発見した。
「この修理方法。」
「一時的なものですね。」
村人は驚く。
「直っていないのですか?」
技術者は笑う。
「いいえ。」
「皆さんは正しく原因を見つけています。」
「ですが長期的には部品交換が必要です。」
その会話こそ。レオンが目指した社会だった。
専門家が不要になるのではない。
専門家と一般の人々が。
同じ知識の土台で協力できる社会。
その頃。王立科導学院では新しい研究が始まっていた。
第四体系研究の応用。魔素情報解析技術。
それを利用した新型通信装置。
しかし。研究チームは慎重だった。
過去の失敗を忘れていない。力を得ることだけを目的にしない。
社会に必要か。安全なのか長期的な影響はどうか。常に確認する。
若い研究者の一人が言う。
「昔の研究者たちはもっと大胆だったのではないですか。」
レオンは笑う。
「そう見えるかもしれません。」
「ですが本当に大胆だった人間ほど慎重でした。」
研究者は不思議そうな顔をする。
レオンは続けた。
「無謀な人間は失敗する可能性を考えません。」
「本当に未来を考える人間は失敗した時の責任まで考えます。」
それからさらに十年。
レオンの基礎科導教育は世界中へ広がった。
しかし彼自身の身体は少しずつ衰えていた。
ある日の研究室。
リナは高齢になったレオンへ尋ねる。
「先生。まだ研究を続けるのですか。」
レオンは微笑む。
「もちろんです。研究には終わりがありません。」
リナは窓の外を見る。
発展した街。豊かな生活。数百年前には想像もできなかった世界。
「先生は。満足していますか。」
レオンはしばらく考える。
「はい。ですが満足してはいけないとも思っています。」
「なぜですか。」
レオンは答える。
「文明は完成したと思った瞬間。止まります。」
「次の世代が。次の問題を見つけるために。私たちは余白を残さなければならないのです。」
その言葉の意味を。リナは後に理解することになる。
なぜなら。レオンが最後に残した研究資料には。
新たな問いが記されていたからだ。
> 「もし魔素が世界と対話する仕組みなら。」
> 「人間以外の存在も、魔素を利用しているのではないか。」
未知は。まだ残っていた。




