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風の時代  作者: velvetcondor guild


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第三十七話

果歩がカードキーをかざし、ホテルの部屋に戻ると、

ソファに腰掛けていた母が、少し驚いた顔で振り返った。


「おかえり。遅かったわね」


「うん……それがさ」


果歩は靴を脱ぎながら。


「意外な人に会った」


「意外な人?」


「……松田さんのところの、耕作くん」


母の動きが、ぴたりと止まる。


「え?」


「突然、人魚台に現れたの」


「まあ……! 怪獣みたいな登場ね」


母はすぐに、事情を飲み込んだように息をつく。


「松田さんからは、連絡もらってたのよ。

“行く時期ははっきりしないけど”って」


「そう、今だったみたい」


果歩はベッドの端に腰を下ろす。


「でね。

明日、海雲台アクアリウムに誘われて」


少しだけ、間を置いて。


「……行っても、いいよね?」


母は、果歩の顔を見て、ほんの一瞬考えたあと、微笑む。


「帰国便の時間に間に合うなら、OKよ」


「ほんと?」


「ええ。

あの子となら、心配ないわ」


果歩は、ほっと息を吐いた。


「じゃあ、行ってくるね」


その声に、奥から父が顔を出す。


「なに? どこ行くって?」


「明日は果歩、アクアリウム。

で、あなたは?」


父は、にやりと笑う。


「跳ね橋の見物に行こう。

そろそろ時間じゃないか?」


「もうそんな時間?」


「じゃあ、行こうか」


母は立ち上がり、上着を探しながら言う。


「夜、冷えるかしら」


果歩がすぐに口を挟む。


「母さん、ヤッケ持っていったほうがいいよ。

海沿い、風強いから」


「そうね。ありがとう」


跳ね橋イベント

昼過ぎの海沿い。

跳ね橋の周囲には、様々な言語が飛び交っていた。

英語、中国語、韓国語、日本語――

世界中の人が、同じ瞬間を待っている。


「始まるわよ」


橋が、ゆっくりと動き出す。


「おお……」


父が、感嘆の声を漏らす。


「土曜日一回だけのイベント。

贅沢だな」


母が、周囲を見回しながら言う。


「ほんと、いろんな国の人がいるわね」


果歩は、その光景を胸に刻む。


「さて……」


父が、歩き出す。


「お目当てのクッパ屋に行くとするか」


「昔、三人で行ったお店よね」


「そう。


俺の記憶だと……この辺なんだが」

――ない。


「あれ?」


「……ないわね」


少し探して、路地を一本曲がったところで。


「あっ」


果歩が声を上げる。


「父さん、あれじゃない?」


そこにあったのは、

以前よりずっと大通り沿いで、

綺麗になった店構え。

看板には、大きく。


『元祖ハルメクッパ』


「移転してたのか」


「でも、名前は同じね」


店の前には、大鍋がずらりと並び、

湯気が夜気に立ち上っている。


店内 ― 韓国語が飛ぶ

扉を開けると、店員の声が飛ぶ。

「몇 명이세요?」

(ミョン ミョンイセヨ?)

【何名様ですか?】


父が、即答する。

「三人です」


店員が続ける。

「국밥 드릴까요?」

(クッパ トゥリルカヨ?)

【クッパにしますか?】


父は、迷いなく。

「はい」


そして日本語で。

「三人、クッパを三杯」


店員はにっこり。

「네, 잠시만요!」

(ネ、チャムシマンヨ!)

【はい、少々お待ちください!】


湯気と、牛骨スープの匂い。

父が、箸を持った瞬間、言う。


「……やっぱり」


一口、すすって。

「ここのが、一番うまい……」


母も、静かにうなずく。

「変わってないわね」


果歩は、スープを飲みながら、ふと思う。

――この味懐かし様な。


「次、どうする?」


「新世界スパランド、行こう」


「賛成」


広いスパで、ゆっくりと体を温める。


「はあ……」


母が、思わず声を漏らす。


「歩いた体に、効くわね」


父も、珍しく静かだ。


スパのあと、冬柏大橋へ移動。

ライトアップされた橋が、海に映る。


「きれい……」


果歩が、ぽつりと言う。


「夜の釜山、好きだな」


父が言う。


「昼とは、別の顔だ」



帰り道、三人でeストアに寄る。


「夜食、少しだけね」


「じゃあ、これ」


「それと、これも」


袋を提げて、ホテルへ戻る。

部屋の前。


「今日は、よく歩いたわね」


「明日は、果歩の予定だな」


果歩は、少しだけ笑って言う。


「うん」


その声には、

明日の再会と、過去と、今が、静かに重なっていた。


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