第三十一話
グランドジョシアン釜山
17:00すぎに 到着
ガラス張りのエントランスを抜けた瞬間、空気が変わる。
大理石の床に、軽いヒールの音。
ロビーには、黒を基調にした装いの人たちが多く、
どこか撮影前の控室のような緊張と華やかさが混じっていた。
「Welcome to Grand Josun Busan」
母が一瞬ためらうと、すぐに言葉が重なる。
「日本語スタッフをお呼びしますね」
ほどなく、落ち着いた口調の日本人スタッフが現れる。
「長旅、お疲れさまでございました。
チェックインのお手続きをいたします」
パスポートを受け取りながらも、
スタッフの視線は手早く、無駄がない。
「本日はファッションウイーク期間中のため、
館内、少し賑やかかと存じますが――」
「なるほどね」
父は短くうなずくだけだった。
客室へ
カードキーを受け取り、エレベーターを降りる。
部屋のカーテンを開けると、
真正面に、夕方の海が広がった。
「海雲台も……ずいぶん、変わったね」
母が、思い出すように言う
「あなたの学校の付き添いで来たとき、
私も、この辺り、よく掃除したのよ。
あの頃に比べたら……海、綺麗になったんじゃない?」
「うん。
匂いも、全然違う」
「あとで、eストア行ってみようかね」
海岸へ
チェックインを終えて、三人でそのまま外へ出る。
ホテルの目の前の砂浜は、夕暮れの光を受けていた。
部屋に入り、荷物を開けながら。
「母さん、一人でウロウロしないでね」
「わかってるわよ」
「スマホ、電源入ってる?」
「入ってる」
「どこか行くときは、ちゃんと言ってからね」
「はいはい」
夕食の相談
「ミネラルウォーター、先に買っておこうか」
「そうね」
「晩ごはん、
すんどうふ屋さんにする?
それとも――」
「クッパ屋は、土曜日だな」
父が海の方を見たまま言う。
「橋の開門見て、
ライトアップ待つ時間に行くのがいい」
「じゃあ、今日はすんどうふ屋さんね」
「私は、新世界、ちょっと行ってみる」
果歩が言う。
「昔と違って、迷子になりそうだけど……
ファッションウイークらしいから、
モデルさん、結構いるみたい」
「じゃあ、気をつけて」
「夕食までには戻る」
「父さんは?」
「部屋から、海でも眺めてるさ」
父はそう言って、静かにソファに腰を下ろした。
ロビーには、
黒いジャケットの海外バイヤー、
写真を確認するモデルらしき女性、
英語と韓国語が入り混じる声。
そのざわめきの中で、時間だけが、ゆっくり流れていく。




