第三十話
成田国際空港・第1ターミナル
四階 サービスカウンター前
天井の高いフロアに、スーツケースのキャスター音が絶えず流れている。
電光掲示板が、一定のリズムで便名を切り替える。
「――四階サービスカウンターで、大韓航空、
12時45分発・釜山行きをご利用のお客様は、赤いボード前にお集まりください」
赤いボードの前に、人がゆっくり集まっていく。
果歩たちも、その流れに混じった。
「母さん、大丈夫?」
「ええ……うん。
思ったより、人が多いわね」
「大丈夫だって」
父はそう言って、手提げバッグを持ち替えるだけだった。
ツアー受付
「おはようございます。
こちら、釜山四日間ツアーでお間違いありませんか?」
「はい」
「では、お名前を確認します。
緊急連絡先は、こちらでお変わりないですね」
母はうなずきながら、何度も書類を見返す。
「集合時間は、このあとチェックインまで添乗員がご案内します。
点呼を取りますので、近くでお待ちください」
「はい」
周囲では、別の家族が声を張っている。
「パスポート、どこ!?
さっき出したでしょう!」
「Mom, is this the right counter for Busan?」
「Yes, Busan flight is this way, please follow the red sign」
英語、中国語、韓国語、日本語。
音が層になって、空間を満たしている。
大韓航空チェックインカウンター(D付近)
「パスポートをお願いします」
三人分をまとめて差し出す母の手が、少しだけ忙しない。
「お荷物、お預かりします」
スーツケースが一つずつ、ベルトコンベアに吸い込まれていく。
「……タグ、ちゃんと見て」
「PUS、釜山。
名前も合ってる」
果歩が言うと、母はほっと息をつく。
「搭乗券はこちらです。
お席は三名並びでご用意しています」
「ありがとうございます」
父は一言だけだった。
保安検査場へ
「パソコンお持ちの方、出してください」
「液体物はトレーへお願いします」
母は慌ててバッグを開ける。
「ちょっと、これ……」
「大丈夫、時間あるから」
父は先に靴を脱ぎ、トレーを滑らせる。
検査ゲートを抜けると、音が一段落ちる。
出国審査
自動化ゲートの前で、赤いランプが点く。
「顔を上げてください」
一人ずつ、静かに通過する。
最後にゲートを抜けた瞬間、母が小さく言った。
「……出ちゃったわね」
「うん」
父は何も言わず、歩き出す。
搭乗エリア
免税店の明るい照明。
コーヒーの匂い。
「中にラウンジあるみたいだけど、母さん、休む?」
「少し座りたいかも。
……ねえ、荷物のタグ、ほんとに大丈夫だった?」
「確認したよ。
ちゃんと付いてた」
「向こうで買い物すればいいさ」
父はそう言って、搭乗ゲートの表示を見上げた。
KE212 BUSAN 12:45
「じゃあ、少しだけ休もう」
果歩の声に、母はようやく肩の力を抜いた。




