第二十四話
とある日の夕食時。
松田家の食卓には、耕作と父、母の三人が向かい合っていた。
箸の音が一段落したところで、耕作が口を開く。
「父さん、母さん……。
俺、今年で旅行会社の仕事を辞めようと思う」
二人が顔を上げるのを確認して、言葉を続けた。
「ほとんど家にも帰らないし、東京のマンションも解約するつもりだ。
それで……二階の、僕の部屋、少し掃除しておいてもらえると助かる」
一拍置いてから、少し照れたように付け加える。
「次の仕事は、フリーランスの通訳をやる。
今までお世話になった会社も含めて、人脈はそれなりにできたし、
高校時代のルームメイトだったミンジュが、企業通訳のVIP案件を紹介してくれる」
母が黙って頷くのを見て、耕作は続けた。
「それに、日本の書籍の翻訳も合間にやれば、
ミンジュの取引先のソウルの出版社が声を掛けてくれるって。
たぶん、収入的には困らないと思う」
少しだけ間を置く。
「ただ、日本にいる時間は、今より減ると思うけど」
母が、静かに微笑んだ。
「……釜山の頃に決めた道に、やっと進めるのね。
お父さんが、あの時無理をした甲斐があったわ」
父は短く頷き、少しだけ笑う。
「自分で決めた道だ。
一生懸命やれ」
そして、箸を置いて一言付け足す。
「それと……早く孫の顔を見せてくれよ」
耕作は苦笑して、頭を下げた。
「梅雨明けくらいに荷物を運ぶから、よろしくお願いします」
食卓には、もう反対の言葉はなかった。
決まったこととして、静かに受け取られていた。




