第二十二話
旅行会社を出ると、銀座の通りはさっきよりも人が増えていた。
それでも、騒がしさというほどではなく、週末らしい余裕のあるざわめきだ。
今日はもう一つ、目的がある。
旅行用のバッグを買うこと。
向かったのは、キャリーケースの品揃えが豊富な専門店だった。
入口に並ぶバッグを一目見ただけで、最近の流行が分かる。
色は落ち着いているのに、どこか軽やかで、いかにも「今」の空気をまとっている。
「よろしければ、お手伝いしましょうか」
声を掛けてきた店員に、条件を簡単に伝える。
「軽くて、キャスターが丈夫なものを探しています」 「それでしたら、こちらが人気ですね。音も静かですし」
実際に持ち上げてみると、拍子抜けするほど軽い。
キャスターを転がしてみても、引っ掛かりがない。
「色も、今年はこのトーンがよく出ています」 「……これ、いいですね」
少し迷った末に決めたのは、流行色の、主張しすぎない一台だった。
旅先のホテルにも、空港にも、どちらにも馴染みそうだ。
「お持ち帰りになりますか?」 「いえ、宅配でお願いします」
正直なところ、これをこのまま電車で持ち歩く気にはなれなかった。
伝票を書きながら、店員が確認する。
「来週の土曜日到着でお手配しますね」 「お願いします」
手続きを終えて店を出ると、両手は驚くほど軽い。
紙袋一つと、さっき受け取った旅行会社の封筒だけ。
準備は、確実に進んでいる。
あとは、あの日程に向かって、時間が流れていくだけだった。
銀座を離れて、そのまま帰るつもりだったが、
ふと思い立って、久しぶりにいつもの喫茶店へ寄ることにした。
かつては、何かを待つための場所だった。
誰かの言葉だったり、兆しのようなものだったり。
けれど今は、もう違う。
――もう、待つ場所ではない。
ドアを開けると、変わらないコーヒーの匂いと、少し暗めの照明。
空いている窓際の席に腰を下ろしながら、
占い師のおばさんが、いつもの席にいるだろうか、と一瞬だけ思う。
いてもいい。
いなくてもいい。
今日は、それくらいの距離でいい気がした。
昼食は、サンドイッチとアイスティー。
運ばれてきたグラスの中で、氷が小さく音を立てる。
サンドイッチを一口かじりながら、
旅程のことも、海の見えるホテルの部屋のことも、
もう一度、頭の中でなぞってみる。
占いは、もう必要ない。
そう思える自分が、少しだけ不思議で、少しだけ頼もしかった。
アイスティーを飲み干す頃、
喫茶店はただの「いつもの店」に戻っていた。
それで、十分だった。




