第二話
館を出たとき、
果歩は、すぐには家へ向かわなかった。
名刺に書かれた住所の路地を抜け、
大通りに出るまでの数分間。
それだけで、街の音が少しずつ現実に戻ってくる。
自転車のベル。
信号待ちの足音。
遠くで鳴る救急車のサイレン。
さっきまで、
言葉にならないものを「置いて眺める場所」にいたはずなのに、
何かを持ち帰った感じはしなかった。
――占われた、という実感も、
――何かが決まった、という感触も、ない。
それなのに、
胸の奥だけが、妙に静かだった。
歩きながら、
果歩は、今日の会話を思い返そうとして、やめた。
言葉は、正確に思い出せる。
けれど、それを並べ直した途端、
あの時間が「意味」に回収されてしまう気がした。
あのおばさんは、
未来を見せなかった。
代わりに、
「今、どこに立っているか」だけを、
一度、止めて見せただけだった。
駅前の喫茶店の前を通りかかる。
いつもの時間なら、
誰かを待つ理由が、自然に発生していた場所。
今日は、足が止まらない。
入る理由も、
入らない理由も、
どちらも、必要なかった。
――決めなくていい占い。
その言葉が、
遅れて、体に染みてくる。
決めない、という選択が、
「先延ばし」ではなく、
「保留」という形で許される感覚。
果歩は、スマートフォンを取り出す。
誰かに連絡するでもなく、
ただ、画面を一度点けて、また消す。
自分の時間が、
今は、誰のものでもないと確認するための、
小さな動作だった。
家に着くころには、
占い師の顔は、もう、はっきりとは思い出せなくなっていた。
代わりに残っていたのは、
問いでも、答えでもなく、
――「立ってもいい場所は、いくつもある」
という、
名前のつかない感覚だけだった。
その夜、果歩は、
いつもより少しだけ早く眠りにつく。
何かを始めたわけでも、
何かを終わらせたわけでもない。
けれど、
「待つ姿勢」からは、
ほんの数センチ、体をずらしたまま。




