第十九話
ノックの音が、廊下に短く残る。
少し間があって、
内側で鍵が外れる音。
ドアが開く。
相手は、まだ部屋着のまま立っていた。
一瞬だけ、互いの視線がぶつかる。
耕作は、先に口を開く。
自己紹介
耕作
① 안녕하세요.
② アンニョンハセヨ
③ こんにちは。
耕作
① 저는 마쓰다 고사쿠라고 합니다.
② チョヌン マッスダ コサク ラゴ ハムニダ
③ 私は松田耕作といいます。
耕作
① 오늘부터 이 방을 같이 쓰게 됐어요.
② オヌルブト イ パンウル カチ スゲ トェッソヨ
③ 今日から、この部屋を一緒に使うことになりました。
一拍、置いてから、
言葉を選ぶ。
耕作
① 한국어가 완벽하지는 않지만,
② ハングゴガ ワンビョカジヌン アンチマン
③ 韓国語は完璧ではありません
耕作
① 잘 부탁드립니다.
② チャル プタクトゥリムニダ
③ よろしくお願いします。
言い終えてから、
ほんの少しだけ、頭を下げる。
自己紹介は、
成功でも失敗でもなかった。
それだけで、十分だった。
耕作の言葉が終わると、
相手は一拍だけ、黙った。
韓国語は、分かっている。
けれど、選ばなかった。
口元が、わずかに緩む。
ルームメイト
相手
① Hi.
② ハイ
③ やあ。
相手
① I’m Min-jun.
② アイム ミンジュン
③ 僕はミンジュン。
一瞬、耕作の顔を見る。
ミンジュン
① You can speak Korean, right?
② ユー キャン スピーク コリアン、ライト?
③ 韓国語、話せるんだよね?
耕作
① Yes. A little.
② イエス。ア リトル
③ はい、少しだけ。
ミンジュンは、少し笑う。
ミンジュン
① Then English is fine.
② ゼン イングリッシュ イズ ファイン
③ じゃあ、英語でいいよ。
ミンジュン
① We’ll figure it out.
② ウィル フィギュア イット アウト
③ まあ、何とかなるさ。
その一言で、
部屋の空気が、少しだけ緩んだ。
韓国人で、
英語を選ぶ。
それは拒絶ではなく、
配慮だった。
耕作
① Thanks.
② サンクス
③ ありがとう。
言語が一つ、決まった。
完璧ではない。
でも、通じる言語。
ドアは、もう完全に開いている。
ミンジュンは、
ドアを完全に開けたまま、
少しだけ体を横にずらした。
入っていい、という合図。
ミンジュン
① Where are you from?
② ウェア アー ユー フロム?
③ どこから来たの?
耕作は、一瞬だけ考える。
国名で終わらせるか。
街まで言うか。
選んだのは、
説明が少なくて済む答えだった。
耕作
① I’m from Busan.
② アイム フロム プサン
③ 釜山から来ました。
ミンジュンの眉が、
わずかに上がる。
ミンジュン
① Oh, Busan.
② オー、プサン
③ ああ、釜山か。
そのまま、言葉をつなぐ。
ミンジュン
① You went to a Japanese school there?
② ユー ウェント トゥ ア ジャパニーズ スクール ゼア?
③ そこでは日本人学校に通ってたの?
耕作は、うなずく。
耕作
① Yes. Junior high.
② イエス。ジュニア ハイ
③ はい。中等部まで。
ミンジュンは、
それ以上、掘らない。
ミンジュン
① That explains it.
② ザット エクスプレインズ イット
③ なるほどね。
何を説明したのかは、言わない。
それで、十分だった。
ミンジュンは、
部屋の中を指さす。
ミンジュン
① You can take that bed.
② ユー キャン テイク ザット ベッド
③ そのベッド、使っていいよ。
質問は、終わった。
必要な情報は、
もう揃っている。
部屋の空気が、
「確認」から「生活」に変わる。
耕作は、短くうなずく。
耕作
① Thanks.
② サンクス
③ ありがとう。
こうして、三年間の寮生活が始まる。




