第十一話
松田母と桐谷母
松田母は、新しい土地に来たばかりで、不安を抱えていた。
言葉、買い物、学校との距離感。
どれもが、経験ではなく手探りだった。
そんな中で、最初に声をかけてきたのが、桐谷母だった。
二人のやり取りは、特別なものではない。
eマートでの買い物。
野菜の名前。
レジの並び方。
袋詰めの仕方。
けれど、その一つ一つが、
松田母にとっては「ここで暮らせるかどうか」を左右する情報だった。
子どもたちが学校に行っている間、
二人は一緒に出かけた。
海雲台から釜山の街へ。
時には、大田まで足を伸ばすこともあった。
目的があるわけではない。
ただ、同じ方向を向いて歩く時間だった。
桐谷母は、必要以上に励まさなかった。
「大丈夫」とは言わず、
「こうすると楽よ」とだけ言った。
その距離感が、
松田母を、少しずつ落ち着かせていった。
松田家が釜山での生活を早く安定させることができたのは、
最初に受けた、桐谷母のアドバイスのおかげだった。
母同士の関係は、
桐谷家が釜山を離れるまで、静かに続いた。
別れたあとも、
年賀状のやり取りだけは残った。
そこには、近況が簡単に書かれているだけだったが、
耕作が済州島で寮生活を始めたことも、
その中で伝えられていた。
その頃、松田家は、
すでに地元の静岡に戻っていた。
距離は離れていたが、
あの土地で共有した時間は、
母たちの中で、今も一続きの記憶として残っている。




