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風の時代  作者: velvetcondor guild


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第一話

ある日のこと、いつもの喫茶店。


何か、前に進むときが来たら、私の館に来なさい。


そう言って、常連の怪しいおばさんが名刺をくれた。


冗談のようで、冗談とも言い切れない言い方だった。

しばらく忘れていた。 けれど、ふと思い立った日の午後、 果歩は名刺に書かれた住所を確かめていた。

細い路地の奥。 看板は小さく、店とも館ともつかない。

扉を開けると、 おばさんは、来ると分かっていたような顔で言った。

「私はね、未来を当てる人じゃないのよ。 言葉になっていないものを、 一度、置いて眺める場所を用意するだけ」

それが、最初の説明だった。

桐谷果歩が席に座ると、 おばさんは、すぐにはカードも星も出さなかった。

ただ、少し考えてから、こう聞いた。

「今日は、答えをもらいに来ましたか。 それとも、考えてもいい場所を探しに来ましたか」

果歩は、一瞬だけ言葉に詰まる。

「……どちらでも」

その曖昧さを、 おばさんは訂正しなかった。

「じゃあ今日は、 決めなくていい占いにしましょう」

それだけで、 果歩の肩が、ほんの少し下がる。

おばさんは、果歩をじっと見る。 何かを読み取る、というより、 確認しているような視線だった。

「未来を知りたい人、って感じはしないですね」 「かといって、選ぶのが怖いわけでもない」

少し間を置いて、付け足す。

「……選ばないことで、 今までを守ってきた人、かな」

果歩は、返事をしなかった。 否定も、肯定もしない。

おばさんは、それ以上踏み込まない。

「結婚はいつですか、とか、 相手はどう思ってますか、って質問。 今日は、置いておきましょう」

代わりに、 カードを一枚だけ引く。

「このカード、 “始まらないまま、続く関係” って意味なんです」

果歩の表情が、 わずかに揺れる。

「愛されなかった、ってことじゃない」 「ただ、 選ばれる席に、ずっと座っていただけ」

言い切るでもなく、 諭すでもない調子だった。

「待っていれば、 誰かが来ると思っていたわけでもないでしょう」 「でも、席を立つ理由も、 特に、なかった」

果歩は、ここで初めて、 自分が「占われている」ことを意識する。

おばさんは、少しだけ声を落とす。

「最近、 あなたの時間を前提にして動く人、 いませんか」

未来の話ではなかった。 今の配置を、確かめるような言い方。

「奪う人ではない」 「でも、 あなたが自分で立つことを、 当然みたいに思っている人」

果歩が、わずかに身構える。

それを見て、 おばさんは、すぐに線を引く。

「相性の話じゃありません」 「その人が、 あなたを幸せにするかどうかも、 分からない」

少しだけ、間。

「ただ……」 「もしあなたが、 待たない方を選んだら、 最初に戸惑う相手ではあるかもしれない」

仕事の話になると、 声の調子が、少し柔らぐ。

「あなた、 止まったら困る場所に、 よく立たされますね」

「評価はされる」 「でも、名前は前に出ない」

未来の予言はしない。 代わりに、問いを残す。

「その仕事、 いなくなったら困るから、続けてますか」 「それとも、 やりたいから、続けてますか」

果歩は、答えられない。 それで、いい。

最後に、 おばさんは、結論を言わなかった。

「運気が動く日って、 何かを得た日とは限らないんです」

「もしかしたら、 待たなくなった日かもしれない」 「……かもしれない、ですよ」

軽く、笑う。

「今日は、 その予告編までですね」

帰り際、 おばさんは、珍しくこんなことを言った。

「また、 あの喫茶店で会うかもしれませんね」

約束ではなかった。 予言でもなかった。

ただ、 そういう風がある、という言い方だった。


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