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よく二人で遊びに行く男みたいな女友達に「かわいい」と言ってみたら

作者: テル

「よ、和真(かずま)、おはよ」

 

 朝、俺が下駄箱で靴を脱いでいると後ろからポンと肩を叩かれる。

 振り返ると、そこには女子生徒が立っていて、見慣れた無邪気な笑みを浮かべていた。


 俺も笑顔で彼女に挨拶を返す。


「おはよう、優香(ゆうか)。今日も元気そうだな」

「元気も元気よ。オールウェイズ私は元気です」

「そのテンション、ちょっとは分けてほしいものだな。木曜日だし、疲れとかないのか?」

「別に、むしろ学校が私にとっての休憩場所だし」

 

 そう言いながら親指を立てる彼女は俺の女友達だ。

 高校に入って男友達よりも先に仲良くなったと言ってもいい友達で、とにかく趣味が合う。


 優香という可愛らしい名前とは裏腹に中身は少し男っぽい。


「見てよ、これ、新キャラゲット」


 優香はそう言ってスマホを開くと、優香の白い歯と共に、俺にゲームの画像を見せる。


「うわ、まじか、うらやましいな。前もピックアップ当ててただろ? 運良すぎないか?」

「いやあ、そうなんだよねえ。日頃の行いってやつー?」

「別に行いも何もしてないだろ。どっかで罰当たりそう」

「たーしかに……あ、和真のも私が引いて、当ててあげよっか?」

「頼む、あと一連しか残ってないから優香に全部託すわ」

「ふふふ、私に任せんしゃい」


 俺はゲームのアプリを開くと、スマホを優香に渡した。

 優香は手慣れた手つきで画面を操作している。


「じゃあ見てて、今から私の神引き見せるから」


 優香はスマホを俺に見せるように、体を寄せた。

 ほぼ密着している状態。けれど、全くドキッとはしなくて、俺はただただ画面に夢中だった。

 相手もそうである。目の前のゲームに夢中で俺のことはほぼ視界に入っていない。


「……って、ハズレかあ、なんだ」

「くそお、俺の一連が……」

「あはは、引く前に外れるように祈っといて正解だったわー」

「おい、俺の汗水垂らして溜めたガチャ石を無駄にしやがって」


 そうして二人で笑い合いながら、廊下を歩いていく。

 それが俺と優香のいつもの日常だ。


 優香も異性として俺を見ているわけではなくて、俺も異性として優香を見ているわけではない。

 いわゆる男女の友情というものである。


「……っていうかさ、和真ー。今週の日曜日空いてる?」

「ああ、空いてる」

「じゃあアニメイト一緒に行かない? グッズ買いたいんだよね」


 俺と優香の関係には恋愛の文字は一つもない。完全に男女の友情が成立しているのだ。

 二人でよく遊びに出かけることがあるが、それで特に関係が変化するわけでもない。


 お互いに一緒にいて楽しいから一緒にいる、ただそれだけ。

 

 しかし、そんな男女の友情はありえないと信じている層も一定数いる。


 ***


「なあ、和真って好きな人とかいないの?」


 昼休み、俺が男友達と昼食をとっていると、急にそんなことを聞かれた。


 俺には恋愛のれの文字もない。無論、好きな人がいるわけでもない。

 興味がないといえば嘘になるが、好きな人ができないのだ。


「別にいないな」

「え、あの子は? 和真とよく仲良くしてる子」

「あー、優香?」

「そうそう、仲良いし」

「いや、ただの友達だから」


 俺は頭を横に振って、友人の推測を否定した。

 

 高校生にもなると、男女の関係をすぐに恋愛関係に結びつけたがる。

 しかし、決して優香とはそういう関係にないのだ。


「でも、二人の距離近くね?」

「まあ、友達だからな。極端な話、俺がお前に抱きついても何も思わないだろ?」

「いやあ、それでも、男女同士で距離近いってなると……そういうこと想像しちゃうよねえ」


 友人はニヤニヤとしながら俺を見ている。

 そんな会話を二人でしていると、また一人、どこからか友人がやってきた。


「あいつは男だから、男女同士でもないだろ〜」


 会話に入り込んできた友人はいきなり優香に失礼なことを言う。

 優香のことだ。この場に優香がいれば、間違いなく友人は絞められているだろう。


 ……もしかすると、そういう性格の事を男っぽいと言っているのかもしれない。


「たーしかに、見た目も性格も男っぽいよな」

「……優香がこの会話を聞いてたら確実にお前らは絞められてるな」

「和真もそう思わねえの?」

「性格はともかく、見た目は可愛いと思ってる……女の子らしく振る舞ったら、普通にモテると思うんだが」

「ええー、見た目も性格もあんなのゴリラだろ」


 優香がいないからと、友人たちは優香に対して好き放題言っている。

 この二人は日頃から優香にやられているので鬱憤が溜まっているのかもしれない。


 それにしても言い過ぎだとは思うが、優香も優香でたまに暴力的なので、何も言えない。

 まあ、暴力的になる原因はこいつらにあるのだが。


「しかもあいつ、バスケ部だし、腕相撲に関しては俺より強いし」

「……それはお前が弱すぎるだけじゃねえかー? ゴリラなのはわかるけど」

「優香もいつかモテると思うんだがなあ。そう思うのは俺だけか?」

「お前だけだろ、あのゴリラを好きになる物好きなんてなかなか……」


 友人がそう言いかけたところで、言葉を止める。

 そして、真っ青な顔で俺の方向を見た。


 俺の方を見ているけれども、二人ともその視線の先に俺はいない。


 後ろを向くと、そこにはニコニコとした顔の優香が立っていた。

 口は笑っているけれど、目は笑っていない。


「……へえ、ゴリラ、ゴリラか」

「あ、えっと、優香さん? これは違くてですね……いい意味でのゴリラで」

「ふーん……けど見た目もゴリラは流石に悪口でしょ」

『……』


 優香に睨まれる二人は肉食動物を前にした草食動物のようで、なんだか滑稽だった。

 余計な事を言わなくてよかったと、俺は二人を見ながらホッとした。


 そして、その時は二人が絞められるだけで終わったのだが、その日の放課後のことである。


「……はあ」


 放課後、俺が帰ろうとして下駄箱まで行くと、優香がため息をつきながら靴に履き替えていた。

 いつものテンションとは打って変わって、元気がなさそうな様子。


 声をかける前に優香が俺に気づくと、優香は手を軽く振った。


「やっほー……和真。元気……?」

「普通……優香は元気なさそうだな」

「やっぱりそう見える? 友達にも言われた」

「何かあったのか?」

「まあ、うん……なんか、人生辛い」

「重そうだな、話聞くぞ」

「じゃあ、途中まで一緒に帰ろー……」


 優香はため息まじりにそう言う。

 いつも楽観的思考の優香が人生辛いとまで言い始めたので、よほど辛い出来事があったのだろう。


 そうして、紅くなった空の下を二人で歩いていく。


 優香の顔は完全にしょんぼりとしていて、歩くスピードも遅い。

 その歩調に合わせるように俺も歩いている。


「……で、何があったんだ?」

「特に大したことじゃないんだけどね」

「この前にテスト赤点取った時もなんとかなるっしょって言ってた優香が落ち込んでる時点で大したことだろ」

「やめて、実はあの赤点結構、響いてるから」


 優香は苦笑いをすると、また、ため息をつく。

 そして、話し始めた。


「……本当に大したことじゃないんだけどさ。昼休みのやり取り覚えてる?」

「昼休み?」

「私がゴリラって言われたじゃん」

「ああ、優香がいないと思って言ってたら……ってやつか」

「そうそう、あれでメンタルやられてる。私、女の子っぽくないのかなーって……」


 二人の発言はかなり失礼なものだった。

 女子相手にゴリラは言い過ぎである。


 優香がいないと思って行ったことだが、それが余計に冗談とは受け止められなかったのだろう。


「ちょっと男っぽい部分はあるけどさ……まさか、ゴリラって言われるとは思わなかったわー」


 優香は笑いながらそんな事を言うが、目元は少し潤んでいる。


 友人の取り繕った笑顔に俺の胸も締め付けられる。

 何か、励ます方法はないだろうか。

 

 そう思って、俺は優香に言葉をかけた。


「いや……かわいい、だろ」


 言うのに羞恥を覚えたが、優香の元気が出るなら、気にする必要はない。

 それに、お世辞でもなんでもなく俺の本音だ。


 優香は目をぱちぱちとさせた後、指を立てて、それを優香自身の方に向ける。


「え、私?」

「ああ、俺は少なくともかわいいと思ってる」

「……へ? む、無理してそんな冗談、言わなくていいんだよ」

「いや、別に冗談でもなんでもない。あいつらはああ言ったけど、将来モテそうな顔してるぞ」

「ほ、本当に?」

「ああ、かわいい」


 優香は頬を赤くすると、視線を逸らした。

 そんな優香の反応に俺も羞恥心が湧いてくる。


「……で、でもさ、私、普通の華奢な女子よりかは筋肉あるし、かわいくはないでしょ」

「かわいいって言われて恥ずかしがってるところとか、かわいい」

「っ……」

「ほら、今とか」

「う、うるさい! からかってるでしょ」

「からかってると、かわいい反応見せてくれるから、つい」


 俺がニヤニヤとしながらそう言うと、優香は軽くパンチしてくる。

 しかし、ゴリラと呼ばれている割には威力が弱く、照れ隠しであることはすぐにわかった。


 そんな優香の様子を見て、俺は少しドキッとした。

 優香に対して抱いた初めての感情だった。


 男っぽい優香の意外な乙女の部分を見て、普段とのギャップに可愛さを感じてしまっているのだ。


「私さ、どこか出かける時もお洒落とかしないんだけど......わ、私にそういうの似合うと思う?」

「ああ、似合うと思う。見てみたいな」

「そ、そっか……あーあ、なんか和真にそう言われて元気出てきちゃった」


 優香はいつも通りの笑顔でニコッと笑う。 

 どうやら元気が戻ったらしい。


「ならよかった」


 優香の笑顔に俺も笑顔で返した。


 そこからはいつも通りの会話に戻っていた。

 共通のゲームの話や学校に関する話など友達らしい会話をしていく。


 やはり優香とは仲のいい友人止まりで、それ以上に発展することはない。

 初めてドキッとしてしまったけれど、恋愛感情になるには程遠いのである。


「和真、明後日の日曜日、アニメイト行けるよね?」

「もちろん」

「じゃあ、集合時間メールするから後で決めよ」

「ああ、そうだな」

「……そう言うわけで、じゃあね。また日曜日」

「じゃあな、また日曜」


 しばらく歩いて、十字路で俺は優香と別れた。

 

 帰り際にはすっかりいつもの優香に戻っていて、相変わらずのテンションだった。

 この様子だと日曜日も大丈夫そうだ。

 

 優香の背中を少し見送った後、俺も帰路についた。


 ***

 

 俺と優香は決して恋愛関係にあるわけではない。


 二人で過ごすことが多く、仲の良いカップルだと勘違いする人は一定数いる。


 無論、俺と優香の二人で遊びにいくことは多い。

 共通の趣味を持っているので、二人で一緒にいることが楽しいのだ。


 しかし、よくよく見てみればそんな距離感ではないことがわかると思うし、その通りである。


 二人で遊びに行く時も、優香はよくジャージを着てくる。


 感覚的には男友達と一緒にいるのと同じである。


 俺が優香とアニメイトに行くと約束した日の当日の朝もそうだと思っていた。

 しかし、その日は違った。


「ご、ごめんね。待たせちゃった?」


 日曜日の午前、俺が優香を待っていると、来たのは優香の声をした別人だった。


 一言で言うなら美人がきた。


 紺色の丈が短いニットの服に、厚手の生地のミニスカートを履いていて、紺色のニットの服は大人っぽさを、スカートのピンク模様は可愛らしさを両立させている。

 さらに黒系のベレー帽を被っていて、これもまた良い。薄いが少し化粧もしていた。


 優香だとわかったが、優香ではないようだった。


「い、いや、別に待ってないけど......」

「そっか、よかった」


 そんな優香に俺は狼狽えてしまう。

 いつもならジャージやラフな服を着るだけでなのに、今日はいつもの優香とは違う。


 これではまるで......。


「ど、どう? ちょっとお洒落してみたんだけど、似合ってる? ちょ、ちょっと変かな......」

「い、いや、似合ってる……すごく」

「っ......ふふ、やっぱり和真に褒められると嬉しい」


 優香はそう言うと、はにかんで笑った。

 そんな笑顔を見て、俺は自分の体が熱くなるのを感じる。


「きょ、今日はどうしたんだ? お洒落だな」

「前にさ、和真が私のこと......か、かわいいって、言ってくれたじゃん? お洒落したらもっと可愛くなるって言われたし、頑張ってみようかなって」


 確かに俺はそんなことを言った気がする。

 だからと言って、急にオシャレされると、色々と意識してしまうではないか。


「……って、なんか、やっぱり恥ずかしいな」

「そ、そろそろ行かないか? 電車の時間もうすぐだし」

「あ、うん、そうだね、行こっか」


 そうして俺は優香と二人で並んで歩く。

 しかし、どうにも隣にいる女子をただの女友達だと思うことはできなかった。


 それからは優香と二人で一日を楽しんだ。

 アニメイトに行って、ファストフードを食べて、カラオケをして。

 

 やっていることは友達のそれなのに、終始俺は緊張していた。

 隣にいた優香もそれを察していたのか、会話が少し気まずくなることが何回もあった。


 まるで、異性同士のデートのようだった。


「……和真、じゃあ私、こっちだから。今日はありがとう」


 やがて、夕方、待ち合わせをした駅前まで出ると、帰路が反対方向の優香とはお別れ。


「なあ、優香」

「どうしたの?」


 帰り際に俺はずっと思っていたことを言うことにした。

 優香と遊んでいた時に申し訳なく思っていたことを口に出す。


「ごめんな、もう少し俺も服とか気をつければよかった」


 優香はかわいいのに、その隣にいる俺は地味だった。

 一緒に歩いていて、釣り合っていなかったし、それにずっと罪悪感を感じていた。

 友達とはいえ異性と二人なのだから、多少は気をつけるべきだった。


「ああ、ううん、こっちこそごめんね。急にお洒落とか色気付いたりしちゃって……変だったよね」

「いや、優香は変じゃない。かわいいし、似合ってた。俺が気にして無さすぎただけ。ごめん」

「えっと、さ……」


 俺が謝ると、優香は頬を赤ながら言った。


「か、和馬がお洒落しちゃったら、それこそデートじゃん」

「た、たしかに、な」


 今までお互いにラフな服だったのに、いきなりお洒落をすればそれこそデートだ。

 何なら今日もデートのようで、俺はずっと優香のことを意識しっぱなしだった。


 まだ、胸が少しドキドキしている。 


「お洒落とかしたら、遊びじゃなくてデートだな」

「ま、まあ私はそれでも別に……いいよ」

「え? あ……それってどういう……」

「……あ、遊びじゃなくて、今度、和真と二人でデートしてもいいよっていう意味」


 優香の顔を見ると、耳も頬も空の色より赤く染まっている。

 やがて、少し俺と目を合わせて、逸らした。


「ご、ごめん、やっぱり今の発言忘れて! じゃ、じゃあ、私帰るから。また明日」

「あ、ああ……また、明日」


 今まで優香のことを意識したことなどなかった。

 けれど、今は胸の鼓動は早くなるばかりで、帰路につく優香の背中からしばらく目が離せなかった。


 ***


「なあなあ、和真ー……おーい、和真ー!」


 休み時間、俺はぼーっと窓の外を眺めていた。

 雲ばかりの灰色の空を見ながら、考え事に耽っている。


 そうしていると、俺は友人から話しかけられていたらしい。

 友人に頬を思いっきり引っ張られる。


「ちょ、痛いから」

「お、和真が戻ってきた」

「……いたのか、気づかなかった」

「さっきから話しかけてるのに無視してくるから傷ついたぜ。どうした? 考え事かー?」

「いや……別に、何も」


 話すほどのことでもないので俺は話さないことにした。

 周りにとってはしょうもない悩みなのだ。

 しかし、俺にとっては割と大きいな悩みなのでここ一週間ずっとこの調子である。


「お前、最近よくぼーっとしてるよな」

「……まあ、そうだな」

「元気ないし、やっぱり何かあっただろ。友人様に話してみろ。相談に乗ってやる」

「言うほどのことでもない」

「よし、じゃあお前の悩みを当ててやる」


 友人はそうしてだるい絡みを始める。


「……恋の悩み?」

「……」

「お、図星か」

「は、はあ? 俺、何も言ってないぞ」

「肩がぴくって動いた」

「……いや、恋の悩みじゃないから」

「うーん、そうだな、好きな人ができたとか」

「……だから恋の悩みなんかじゃ」

「また肩が動いた、図星だな」


 どうやら俺はわかりやすい性格らしい。

 友人にことごとく今の悩みを当てられていっている。

 話した方がこれは楽そうだ。


「……わかった、話す」

「お、恋のキューピッドである俺がお前の悩みを解決してやんよ」


 俺の今の悩みは、友人の言う通り恋の悩みである。

 好きな人ができた、かもしれない。


 優香と遊びに行った一件があって、俺は優香のことを意識してしまっているのだ。

 しかし、意識しすぎているせいで、いつも通りに接することができていない。


 それゆえ、優香と気まずくなってしまっているのだ。


 悩みとはそのことである。それを俺は友人に話す。


「たしかに、最近の優香、かわいいしなー」

 

 以前に優香に対してゴリラと言っていた友人なのだが、友人は頷く仕草をした。 


「前とは雰囲気違うし、男子の間でも人気出てる。その優香と気まずいのかー?」

「なんか、俺が意識しすぎて、多分、相手も意識して、うまく話せないんだ」

「ほうほう、いいなー、恋の悩みだ」

「これって、俺は優香のことが好きって……ことなのか?」

「おう、そういうことだ」


 俺は深くため息をついた。

 優香のことを考えると、心臓がおかしくなる。

 

 どうやらこの状態は俺が優香に恋をしているということらしい。


 優香とはいつも通りに仲良くしたい。しかし、恋心がそれを邪魔してくる。


「告白しろー、告白」

「でも、好きだけど、彼氏になりたいとか、そういうのは思わないんだよな。今まで通り仲良くしたいとは思うけど」

「……好きなのに? 優香と色々なことやりたいと思わないのかー?」

「そういうのは……今はない」


 好きというだけで、彼氏になりたいに直結するわけでもない。

 優香と今まで通り仲良くできたらそれでいい。


 と、その時はそんなことを思っていた。


 やがて、優香を好きだと自覚して、数日が経った頃、優香が他の男子と会話しているのを見た。

 そんな優香を見て、好きの気持ちは増えて、彼氏になりたい、そう思うようになった。


 彼氏になりたい、優香ともっと話したい。けれど、優香との距離は遠くなるばかりだった。

 悶々としていたそんなある日のこと、放課後、下駄箱で優香と会った。


 優香は下駄箱の前で靴に履き替えていて、俺には気づいていない様子だった。

 声をかけるかどうか俺は迷う。


 正直、声をかけても何を話せばいいかもうわからない。

 前のようにゲームの話や、学校の話でも持ち出せばいいだろうか。


 けれど、声をかける以外に今の状態を脱却する方法はなかった。


「……優香、お疲れ」

「あ……和真じゃん。お疲れ」


 優香は一瞬俺から目を逸らしたが、すぐに視線を戻すと、笑ってそう返した。

 なるべく俺はいつも通りを装いながら優香と話していく。


「帰りか?」

「うん、今から帰るところ」

「じゃあ途中まで一緒に帰らないか?」

「いいよ、帰ろ」


 優香はいつもの笑みを見せる。

 今の俺にとってはそんな優香のいつもの笑顔も、声も、全てが甘い。

 話すだけで心臓がドキドキとしている。


 久しぶりの二人きり、夕方の空の下、俺と優香は帰路を共にする。


 ゲームの話をしたり、いつも通りの話をしようと思った。

 けれど、俺より先に優香が口を開いた。


「ねえ、和真」

「……どうした?」

「私にさ、何か不満とかあったりする?」


 唐突な疑問だが、即答できる内容だ。

 優香に不満などあるはずがない。


「別にない。急な質問だな」

「……ちょっと前に二人で遊んだ後、和真に避けられてる気がしてて……嫌われてるのかなって、思って」

「勘違いだ。優香を嫌いなわけないし、理由がない」

「でも、最近、あんまりこうやって話してないし、避けられてるような気がしてたから」


 優香の顔は俯いていて、声からもそのことを気にしていることがわかる。

 しかし、俺が優香のことを嫌いなはずがない。むしろ、好きだから、結果的に避けてしまうのだ。


 そんなことを、優香に言えるはずもなく、俺は口ごもる。


「……何か、最近、色々不安なんだ。女の子らしいことを頑張ってみようとしてみても、うまく行ってないし。和真もそうだけど今までの友達との付き合い方とかもわかんなくなって。ずっと、そういうの気にしてこなかったツケが回ってきたっていうか」


 ふと、優香はそんな悩みをこぼした。

 優香らしくないテンションの低い言葉である。


 ただただ俺が気まずくしているだけだと思っていたが、優香も色々と悩んでいたのだ。


「珍しく、テンション低いな」

「そうだねー……ま、オルウェイズ機嫌が良い私だけど、今はそういう時期ってわけ」


 優香はニコッと笑う。

 その笑顔が俺には無理をしている笑顔のようにしか見えなかった。


「でも、一番の大きな悩みの種は……」

「悩みの種は?」

「君だよ、和真くん。君のせいで私は悩んでるのー」

「……なんで?」

「さあ、なんでだと思う? ……あーあ、和真と話してると、ちょっとテンション戻ってきちゃった」


 悩みの種が俺とはどういうことだろうか。

 優香の言葉の意味がわからなかったが、どうやら俺と話すことでテンションが戻ってきているらしい。

 俺も優香と話していて、安心感を覚えている。

 

 少しずつ俺と優香は前のような自然体の会話に戻っていた。


 しかし、それが大きな穴だった。


「もっとかわいくなりたいなー」


 優香はそう言葉をこぼす。

 そして、優香との気まずさも忘れていた俺は、つい、ポロッと本音を口にしてしまった


「優香はもうすでにかわいいだろ」


 意図せずナチュラルに出た言葉だった。

 すぐに俺は失言だったと後悔するが、もう遅かった。


 優香の顔は赤くなっていて、そんな優香を見て、俺の羞恥心も大きくなっていく。


「か、かわいい? あ、えっと、ありがとう……?」

「お、おう……」


 空気が一気に気まずくなった瞬間だった。

 気まずさを忘れた途端に、俺がこの空気を作り出してしまったのだ。


「……ね、ねえ、和真、私のこと、よく、かわいいって言ってくれるけど、本音?」

「あ、ああ、本音だ。かわいいと思ってる」

「それってさ、その……いつもどういう意味で言ってるの?」

「どういう意味って言われても……そ、そのままの意味だ」


 俺と優香はお互いに視線を合わせないように前を向いていた。

 

 それに、顔を向けたくなかった。

 今向けば真っ赤になった顔を優香に見せることになるから。


「さらっと言われるとすごく困るんだけど……和真に言われるとドキッてしちゃって、恥ずかしいし……その、嬉しいけど……な、ないと思うけどさっ! わ、私のこと好きなのかもって勘違いしちゃうから、さらって言うのやめてほしい……な」


 俺は優香の方を見る。

 顔を俺から背けていて、表情を見ることはできなかったが、恥じらっているのはわかる。


 そんな優香が我慢できないくらいかわいらしくて、愛おしく思えた。


「お、俺がさ、もし、優香のこと好きだって言ったら? かわいいって言っても許してくれるのか?」


 俺がそう言うと優香は背けていた顔をこちらに向けた。

 案の定、優香の顔は真っ赤になっていて、けれど、視線は逸らそうとしない。


 優香はニコッと笑って言った。


「……うん、もちろん」


 いつの間にか俺と優香は歩く足を止めていた。

 お互いに向かい合って、立っている。


「優香」

「……はい」


 俺は息を深く吸って、吐いた。

 そして、言った。


「好きだ、俺と、付き合ってくれないか?」


 お互いにずっと目を合わせたまま、逸らそうとしない。

 

 俺は優香に見惚れていた。


「……私でいいの? ちょっと男っぽいよ?」

「ああ、優香がいいんだ。優香の隣に立って、一生かわいいって言い続けたい」

「ぷふっ、な、なにそれ」


 優香は頬を赤ながらも笑う。

 そんな優香の笑顔が俺にとっては誰よりもかわいい。


「でも……はい。私も、和真が好きです。よろしく……お願いします」


 紅くなった夕暮れ時の空の下、一番仲の良かった女友達が恋人になった。


 恋人のあり方なんてわからないし、また悩むこともあるだろう。

 けれど、いつまでも俺は優香の隣に立って、かわいいと言い続けたい。


「って、何か変な感じだな。今まで友達だったし」

「……と、とりあえず、ハグでもしとく?」

「そ、そうだな」


 二人ともぎこちない動作で、手を後ろに回す。

 しかし、一度抱きしめ合うと、その間はずっと幸せだった。

 

 そうして俺と優香は日が落ちるまで、ハグをして、お互いを感じ合った。

 

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