4話 夢と現実
今にして思えば自分は睡眠時間が短かった。
そんな中様々な夢を見てきて内容を覚えているのだからどうしようもない、この世界とは別の法則で成り立っている世界も見てきた。
50%位の確率で現実世界に近い世界、50%の確率で別の法則の世界に行く事が多かったと感じる。
今の世界ではまだ現実的ではないが、鉛筆が世界中のネットと繋がっている世界や、当たり前に手にマイクロチップが埋め込まれていてそれで決済をする社会。
これらを知識として誰かから教えられた訳ではなく夢で見た後に調べたら現実でもそうなる可能性があると分かった。
鉛筆は自動筆記で脳とリンクして漢字を書ける様になっていたし、現実世界とネットはより深く繋がる様になるのが未来の世界なのだろうと感じた。
何百年か千年程先の未来か分からないが、屋根が必要無かったり電気の代わりになるエネルギーがある社会等も経験した。
人間が認識すると発光する物体が作られていたり、何かの物理的なスイッチ等で物事を操作する事が無いのだと感じた。
全てただの夢の世界の出来事だろうと思う事も出来る。
しかし科学が進むにつれて夢の中の出来事が現実になるのではないかと感じる自分がいる。
夢の世界を過ごして分かった事は現実世界もある意味似ている法則で作られているという物だ。
その法則という物は【認識した事が現実になる】という物である。
何故だか分からないが未来の事が少し分かる経験等が何度か無いだろうか?
それは認識が現実を作り、人間の脳みそが未来を先に計算してしまうから起きる現象だと思っている。
人間は結果を予測しそれに基づいて動こうとする性質があるのだ。
人は幸せになろうとして生きようとする性質がある。
自分が不幸になる事に全力を出す人は殆ど存在しない。
全力を出す人がいるとすればそれは病によるもので、知性の存在の否定で初めてそれは成立する。
人類が今まで生き残れたのは幸せになろうとする性質や愛の存在が大きい。
だが何故現代社会では病になる人が多く、病が理解されないのか不思議でしかない。
今の世の中は必要な情報は誰でも入手出来る時代に変化してしまった様に自分は思う。
誰もが正確な情報を求め結果としてそれが人間の心の成長を止めてしまっている現実に気付いていない。
成長には痛みが伴う事であるという事を忘れてはいけないのだと感じる。
そんな事を考えながら1日1日が過ぎて行く、退院してから暇になった自分は思考をしてそれらをnoteに書いたりする事にした。
特にアクセス数が上がった事等は無かったがnoteを元々やっていた自分にとっては居心地が良かった。
退院してからしばらくの間は妄想や幻聴に支配されていた毎日が続いていた。
それらに従い株を買ったり売ったりを数回繰り返していたが結果としては得をしていた。
普通の人は幻聴や妄想と聞いてこれらの出来事も妄想なのかと思う人も居るかもしれない。
しかし自分の直感は普通の人が考えているより結構当たる物らしい、それを妄想と幻聴が補完してくれる関係が2年近く続いた。
何故だか知らないが退院してから自分にだけ発生するバグの様な物が何度か起きて結果的に得をする事が増えた。
自分が病気になり細かいバグに気付く様になり結果的に得を出来る様になったのだとは思うが不思議な物である。
1度や2度の偶然であれば良いが、それが起きる頻度が通常とはやはり少し違うのである。
毎日自分の目にしている世界は変化し細かい事に気付く様になった。
何気ない日常やPCのネットサーフィンですら細かい事に気付く事が出来ればお金に変換出来るのである。
そうした日々を生きている時に思うが、この世界はやはり仮想現実の様な物に近いのかもしれない。
そう考えると自分が何故この世に存在するのかの理由に納得出来る。
確率的に考えたら自分が存在する可能性は0%であり、運命的に考えるなら100%の確率で存在するのだ。
なんとも不思議な世界に自分という意思が存在しているものだと思う。
世の中の全ての出来事には理由が存在しており確率通りに計算が行われている。
それら全てを理解すると運命という物に辿り着くのかもしれない。
しかし自分は運命という物をあまり信じてはいない。
人間が生きている内には運命等という物は信じる事が出来ない物なんだと思っている。
現実世界は変わらず毎日動いていく、夢の世界での出来事は結局可能性でしかない。
今の世界を生きられている人はまだ幸福かもしれない。
これから先の未来で多くの困難に向き合っていくのだと思う。
新しい技術に科学、それらが人類に新たな試練を与える物なのかもしれない。
人間に出来る事は大した事は無い。
受け入れるか受け入れないか、その2択をどう適切に選択するかである。
人々が正しい選択をした先に幸せな未来が存在するのだと思う。