2:距離が縮まる瞬間
昼休みが終わり、午後の授業が始まった。涼太はいつものように、静かに自分の席に座って教科書を開く。しかし、隣の席の優が気になって仕方なかった。彼女の髪の香り、声、何気ない仕草――すべてが涼太の胸をざわつかせる。
その日も、昼休みに一緒に過ごしたことが心に残っていた。涼太は自分の気持ちに戸惑っていた。都会から来た優は、どうして自分なんかと話してくれるのだろうか? 彼女はいつも静かで、どこか一歩引いたところにいる。それでも涼太は、彼女がどこか孤独を感じているのだと感じ取っていた。自分と同じように、この田舎町に馴染むのに時間がかかっているのだろう。
放課後、涼太は帰り道にさしかかると、ふと優の姿が目に入った。彼女は校門の前で立ち止まり、何かを考え込んでいるようだった。涼太は思わず足を止める。
「優、帰らないの?」
声をかけると、優は少し驚いたように顔を上げた。
「あ、涼太……うん、ちょっと考え事してた。」
優の目が涼太を捉えた。彼女の表情はいつもと少し違って、少し寂しげだった。涼太は自然に口を開く。
「そうだね、最近色々忙しいもんね。」
「うん、ちょっとね。」
優は軽く笑ってみせたが、その笑顔がどこか寂しそうで、涼太は心の中で何かが引っかかるのを感じた。
「一緒に帰る?」
涼太が言うと、優は少し考えた後、頷いた。
「うん、ありがと。」
二人は並んで歩き始めた。道を歩きながら、涼太は無言の時間に気まずさを感じていた。どうしてこんなにも緊張してしまうのだろうか。隣にいる優が、ただのクラスメートだということは分かっているのに、その存在があまりにも特別に感じてしまう。
「涼太、最近どう?」優がふと口を開いた。
「うん、まあ、普通かな。」
涼太はつい素直に答えた。
「普通って、なんだかいいよね。」優が少しだけ目を細める。その表情に、涼太はまたドキリとした。
「でも、普通もたまには退屈になる時があるよね。」
「うん、たしかに。」
涼太は彼女の言葉に共感し、思わず微笑んだ。それだけで、少しだけ心が軽くなったような気がした。
しばらく歩いていると、優がふと足を止めた。
「涼太って、優しいよね。」
突然の言葉に涼太は驚き、顔を赤らめながら言った。
「え、そんなことないよ。」
「でも、今日もこうやって一緒に帰ってくれるし、普通に優しい。」
優の目が真剣だった。涼太はその視線を受け止め、思わず足を踏み外しそうになった。
「別に、俺がやりたかっただけだよ。」涼太はうつむきながら、照れくさそうに言った。その言葉に優は静かに頷き、ふっと笑った。
「ありがとう、涼太。」
その瞬間、涼太は胸が温かくなるのを感じた。優の笑顔を見ていると、何だか自分が少しだけ勇気を持てる気がした。彼女のために、もっと強くなりたいと思った。そして、この先もずっと一緒にいられるような気がして、胸が高鳴った。
その日、涼太の心の中で何かが少しずつ変わり始めていた。優に対する気持ちが、少しずつ明確になってきたのだ。しかし、まだそれを口にする勇気はなかった。優もまた、涼太に対して何かを感じているのだろうか。
二人の距離は、確かに少しずつ縮まっていた。しかし、まだ一歩踏み出すには、どこかで勇気が必要だと涼太は思っていた――。