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第4話 世良田二郎三郎、伊賀を出る

 織田信雄率いる織田軍を退けた伊賀では、百地三太夫による論功行賞が行なわれていた。


 もっとも、山がちな土地の伊賀では配れる土地も少なく、今回は防衛戦のため、満足な恩賞は期待できないのだが、それでも参戦した者たちは期待に満ち溢れていた。


「石川五右衛門」


「へい」


「伊勢路口でのお主の活躍は目を見張るものがあった。……ついては、銭20貫を賜そう」


 石川五右衛門が恭しく受け取る。


 その様子を、離れて見ていた伊賀の民が噂していた。


「っぱり一番は五右衛門かぁ」


「強かったもんなぁ、あいつ」


「そういや、五右衛門に劣らず戦ってた流れ者がいたが、あいつはどうなったんだ?」


 伊賀の民の視線が再び百地三太夫に集まる。 


「世良田二郎三郎」


「はっ」


「伊勢路口での獅子奮迅の戦いぶりは、まさしく鬼神の如き凄まじさであったと聞く。よって、お主には50石の所領をやろう」


 思いもよらない知らせに、伊賀の民たちが目を見開いた。


「しょ、所領って……」


「それって、世良田二郎三郎のことを召し抱えるってことか!?」


 百地三太夫からの報償は、二郎三郎を配下にしたいと言ってるも同義である。


 これを受ければ、二郎三郎は晴れて浪人の身から武士になることができる。


 伊賀の民の視線の集まる中、二郎三郎は申し訳なさそうに頭を下げた。


「せっかくの申し出にございますが、辞退させていただきます」


「……50石では不服と申すか」


「さにあらず」


「では、いったい……」


 百地三太夫が尋ねると、二郎三郎が遠く連なる山々を眺め、ぽつりと呟いた。


「今まで、それがしは狭い世界で生きてまいりました。多少の苦難こそありましたが、周りの者に恵まれ、将来を約束された地位にありました。……されど、今はこの広い世界でどこまで自分が成り上がれるのか試してみたい。……そう思ってしまっているのです」


 一点の曇りのない瞳が百地三太夫を捉える。


 伊賀に入った当初、訳を言えなかった頃の二郎三郎とは違う。本心を語った二郎三郎の姿がそこにはあった。


「フフフ、お主ほどの男を50石で飼えるのなら、安い買い物と思うたのじゃがなあ……」


「そういうことで、悪いな、百地殿。俺を召し抱えたいんなら、100万石は用意してくれねぇと」


 残念そうに、しかしどこか憑き物の落ちた顔で笑う百地三太夫に、二郎三郎が軽口で返す。


 そこには、出会った頃の不信感は見る影もなく、互いを信頼する姿があるのだった。







「それでは、拙者は浜松へ戻ります」


「服部殿、また会いましょうぞ」


「親父にもよろしく頼むぜ」


 二郎三郎と永井直勝が服部半蔵を見送る。


 元々、二郎三郎が伊賀で匿ってもらえるよう、交渉や繋ぎを果たすのが服部半蔵の役目であった。


 しかし、二郎三郎が出仕を断った以上、服部半蔵が手助けする理由もなくなり、こうして浜松へと戻ることとなったのだった。


「じゃあ、俺たちも行くか」


「はっ……して、どちらまで行きましょう」


「堺」


「えっ!?」


 二郎三郎の思いもよらない答えに、永井直勝が素っ頓狂な声を上げた。


「さ、堺へ行くのですか!? あの、日ノ本一の商いの町に……」


「他にどの堺がある」


「なにゆえ堺へ行くのですか! 堺は信長のお膝元。もし殿の正体がバレでもしたら、タダでは済みますまい!」


 信長が上洛を遂げてからというもの、堺の商人は信長と蜜月な関係を築いている。


 新たな天下人である信長の恩恵を被ろうと多くの商人が信長に味方し、信長もまた商人たちに庇護を与え自分の領地としている。


 浜松や伊賀とは違い、信長の家臣が平然と歩いていてもおかしくない環境では、二郎三郎の正体が露見する可能性は極めて高くなる。


 二郎三郎とて、それがわからないはずはないのだが……


「……なあ、直勝。俺は武田と内通してたか?」


「えっ? ……いえ、それがしの知る限り、そのようなことは決して……」


「だったら、俺に後ろ暗いことなどない。……違うか?」


 悪いことをしていないのだから、信長に自分を裁く道理はない。


 言ってることは筋が通っているのだが、あの信長がそれを許すほど甘い男とも思えない。


 永井直勝がなおも難色を示した。


「しかしですなぁ……」


「それにさ、(しゃく)だろ。このまま引き下がったら……」


「……!」


「……だったら、せめて信長の鼻でも明かしてやろうじゃねぇか」


 不敵な笑みを浮かべ、二郎三郎が遠く安土の方角を見やる。


「……信長の殺したがってた男が、お前のすぐ近くにいるぞ、ってな……」


「あなたという人は……!」


 二郎三郎の生き様に、永井直勝の心が痺れた。


 信長を恐れるでもなく、信長から逃げ回るでもなく、二郎三郎は信長のすぐ近くで成り上がることを選んだのだ。信長の権威を、命令を、すべてを真向から否定するように。


 それが、自分からすべてを奪った男に対する、二郎三郎なりの意趣返しであった。


「それに、一度なってみたかったんだ。……商人ってやつに」


「えっ!?」

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