3-3
「よかったんですか、メイドさんを返してしまって」
「いいんだよ。ずっと見られていたら、落ち着かないし。アリシアも出てこられないだろ。……給仕の人を返すのが王族らしくないとしても、さっき応対でミスったから、もう怪しまれているよ。だったら好きなように食ったほうがいい」
「そういやそうですよね。どのみち追放されるんだから、一つ怪しいも二つ怪しいも同じですよ。ポッポッポ」
アリシアは笑うような鳴き声を出したあと、ぴょんと椅子に飛び乗った。
「メイドさん、たぶんお礼を言われて驚いたんだと思いますよ。ギルロード殿下、無口な人だったみたいだから」
「本物ギルロードを知っているのか、アリシア?」
アリシアは、かわいらしく首をかしげる。
「いいえ、ちょっとだけ噂を聞いただけですよ。クルルッポポー。あまり人を寄せ付けないタイプだったみたいです。メイドさんにお礼とかも、言わなかったんじゃないですか? 王族や貴族には珍しいことではありません」
「あー、そっちかー」
やはり自分には、王侯貴族の真似は難しかったらしい。
(でも追放されたら平民みたいなものだし、無理せず普通にしてればいいか)
「それより朝食にしましょう、クルッポー。早く食べないと冷めますよ」
アリシアは目を輝かせながら、テーブルのそばへ行き、二つある椅子の片方に飛び乗った。
「しっかり食べておいたほうがいいですよ。王宮を出たら、こんな豪華な食事はできませんからね。ポポー」
啓助も椅子に座る。
「追放される罪人にしては、いいメシ食わせてくれるよな」
「扱いは一応、転勤みたいなものですからねえ。王弟の身分を剥奪されたわけではないですから、それなりの扱いを受けているんだと思います」
いい香りが鼻をくすぐった。
しかしギルロード自身の身体の都合なのか、情報の洪水に飲まれていっぱいいっぱいになっているせいなのか、食欲が湧かない。
一方アリシアは、前足をテーブルクロスに置き、ギラギラとしたまなざしで見つめてくる。
「ところでお食事、私にも少し分けてくれませんか? タヌキの身体って、けっこうおなかが空くんですよね。――特にそのベーコン、とてもおいしそうですねえ」
「ハトなんだったら、ベーコンより固い豆のほうがいいんじゃないのか?」
「私はタヌキですから、断然ベーコンです」
(さっきまで、ハトだって言ってたくせに……)
啓助はフォークでベーコンを刺した。ティーカップをどけてソーサーの上に、ベーコンを置く。
「塩味ついてるけど、タヌキ的には大丈夫なのか? 生肉のほうがいいだろ」
「おかまいなく。味付き肉、どんと来いですよ! あとは聖女パワーでなんとかします」
アリシアはベーコンにかじりついた。
とたんに、うっとりした目になる。
「クルポー、お肉おいしい……おいしい……。これが命のおいしさ……。タヌキの身体で食べたほうが、おいしい気がする……」
一瞬で食べきったあと、前足で別の皿を指す。
「ついでにそちらのおいもも、いただけたらと思います。できれば二種類ともお願いします」
アリシアは丁寧な言葉遣いで、しっかりと要求してきた。
啓助は言われるがままに、二種類のイモを皿の上に載せる。
こちらも、一瞬でアリシアの腹の中に消えた。
「クルッポフー……」
アリシアは心底幸せそうな顔になる。
「おいも1も、おいも2もおいしいけれど、特においしいのは、おいも2のほうですね」
イモをこれほどおいしそうに食う生き物を、啓助は見たことなかった。
アリシアは、うっとりした顔で続ける。
「おいも1は北のほうでも採れるけど、おいも2は南のほうじゃないと採れないんですよ。だからちょっと高いんですけど、王宮ではたくさん食べられるんですねえ」
あまりにもおいしそうに食べるので、啓助も食べ比べてみた。
上品な味付けだが、同時にとてもよく知っている味である。
「アリシア。おいも1をジャガイモ、おいも2をサツマイモって言葉に置き換えてくれ」
「はーい」
単語は即座に置き換わった。
「南の島へ行ったら、サツマイモをいっぱい作って食べましょうポポー」
アリシアの目は、キラキラと輝いた。
「俺も、もうちょっと食うか」
啓助はスープを飲もうと、スプーンを取り上げる。
曇り一つない、美しい銀食器である。自分の顔すら映るほど磨き抜かれていた。
(……あれ?)
啓助はスプーンに映った自分の顔を凝視する。
(俺ってもしかして……)
啓助は立ち上がった。
「か、鏡!」
「隣の部屋に殿下専用の洗面所がありますよう」
啓助は洗面所に飛び込むと、大きな鏡の前に立った。
「う……わ、マジか……。超イケメンかよ、俺……!」
鏡に映っていたのは、紫を帯びた深い青色の髪を持つ、美しい青年だった。
陽光を避けていたかのような肌は透き通るように白く、通った鼻筋と細い唇は兄である国王に似ている。
セルリアンブルーの目は南国の海を思わせるが、どこか暗い光を帯びていた。
耳には、瞳の色に近い青色をした、石のピアスがある。金色の星屑のような模様があるので、おそらくラピスラズリだろう。
痩せているせいで神経質そうに見えた。
しかしそれは、ささいな欠点に過ぎず、町を歩くと誰もが振り返る美しさに違いない。
「い……イケメン、大勝利ってやつ……?」
啓助の呟きに、いつの間にか洗面所に来ていたアリシアが答える。
「殿下の母君――王太后陛下は、かつて国一番の美女と言われていました。いまでも本当にお美しいですよ。お亡くなりになった前国王陛下も、なかなかの美丈夫でした」
「美男美女の家系かよ」
驚きとやっかみが入り交じるが、アリシアは呑気に毛繕いをしている。
「よくあることですよ。貴族でも大商人でも、先祖代々伴侶に美しい人を選んでいたら、子孫も綺麗な人ばかりになってゆきます」
「そういやアラブの王族が女優と結婚して、綺麗な子供ができているって話、ネットニュースで見たなあ」
身分の高い者は、政治的なつながりや資産によって、結婚相手が決まる。
しかし同じぐらいの身分や資産の持ち主がいたとき、選ばれるのは容姿が美しいほうだろう。性格を知る前に結婚相手が決まる場合は、なおさらだ。
「お兄上――国王陛下も容姿は美しいかただったでしょう? ギルロード殿下も同じご両親から生まれたのですよ」
「あっちのほうが、ラスボスっぽい顔だけどな」
啓助は鏡の前で角度を変えながら、自分の顔を観察する。
「でも俺の顔も、陰キャでひねくれたヤツって感じがするよな。『なんかつまんねー』って、毎日言ってそう」
「中身が貴方なのですから、じきに表情も変わりますよ。クルッポー」
アリシアは後ろ足で耳を掻いたあと、不思議そうに訊いてくる。
「ところで、ずっと気になっていたのですが、貴方はどうしてこの世界のこと、いまだに何も知らないって感じなのですか?」