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悪役王弟だが王都を追放されたので王位を簒奪することにした  作者: CJギガ
第一章  謎の聖女と陰キャの王弟
7/47

3-2

「この生き物は、この世界の言葉でガウトマイレイというんです。翻訳するとハトですね」


「ハトより、いっそガウトマイレイ? のほうがいいんじゃないのか?」


 アリシアは首――ではなく、頭ごとブンブン振った。


「声調と発音が違います。ガウにアクセントを置いて、レイは語尾を上げる発音です。あとトとマイの間は、鼻に掛けてンに近い音を入れて、そもそもガウは濁音じゃなくて……」


 放っておくといつまでも説明しそうだったので、啓助は無理矢理止める。


「分かった、俺には無理だと分かったから、ガウトなんとかは諦める。でもハトじゃなくてタヌキにしてくれ」


「えー、ダメですか?」

「だいたい誰が翻訳したんだよ」

「それは難しい問題ですねえ」


 アリシアはハト=タヌキの姿でも分かるほど、思案顔になった。


「貴方がこの世界に来た時点で、言語はだいたい置き換わっています。喋るときも置き換わっています。しかし片方の世界にしかないものは、正確に訳せないので、それらしい言葉に無理矢理置き換わっています。そして細かい調整は私がしていますね」


 つまり自動翻訳に、アリシアが適宜修正を入れているようだ。


「てことは、いま来たメイドさんとか、みんながこの動物を見て、ハトって言うのか?」

「そうです」

「単語を入れ替えてくれ。タヌキでよろしく」


 アリシアのタヌキは衝撃を受けたように、シッポがピンと立った。


「そ……そんなに見かけが大事ですか?」

「見ていると頭の中がバグるからな。この生き物はタヌキ」


 アリシアは哀しげに、ため息をついた。


「人は見かけに惑わされる生き物なのですね。本質よりも見かけを重んじる。もちろん知ってはいましたが……」

「無駄に壮大な表現を使うなよ。俺が、とんでもない我が儘を言っているみたいじゃないか。聖女ムーブかますほどのことじゃないだろ」


 アリシアは無念そうに、ブツブツ言う。


「だってハトは平和の象徴なんでしょう? 聖女にぴったりだと思ったんです。いい訳語だなーって……」


「そっちだって本質を突いてないぞ。俺が会社近くの公園で昼飯食ってたとき、ハトに襲われたことがある。びっくりしてコンビニ弁当を落としたら、十羽ぐらい集まって食い散らかしやがった。平和もクソもなかったな」


「あ、じゃあタヌキでいいです」


 アリシアは一瞬で考えを変えた。


 続けて厳かな声で言う。


「以後、ガウトマイレイをタヌキという言葉に置き換えます」


 頭の中で、何かがパチンとはじけた。


 そして「この生き物はタヌキ」という気持ちが強まる。どうやら聖女の力が発動したらしい。


(魔力を使い果たした的なことを言ってたけど、けっこう凄いことやってないか?)


 アリシア=タヌキは、得意げに身体を伸ばした。胸を反らしているつもりらしい。


「世界のほうをいじるのではなく、貴方の認識のほうをいじっています。だからあまり力を使わずに済みました。これも私が貴方の魂をコネコネしたので、できることですね。凄いでしょう。褒めてください!」

「あー、偉かった偉かった」


 啓助は雑に褒めたが、アリシアは嬉しそうだった。


(よく考えたら、魔力ほとんどゼロ状態で、これだけのことができるんだから、魔力がフルであったら、どれだけ凄いんだ。……そういや死にかけのタヌキを治したとも言ってたな)


 啓助は、改めてタヌキを見た。


 褒められて嬉しそうな顔をしている。鈍くさそうな雰囲気はあるが、いたって善良そうなタヌキだ。強大な魔力を持つ聖女が入っているとは思えない。


(そういやこのタヌキ、どうやってここまで潜入してきたんだ? 王宮って、普通警備が凄いはずだよな。聖女の力じゃなかったら、人を油断させるこの顔で、ノコノコ入り込んだのかな……)



 ノックの音がした。



「お食事をお持ちしました」


 メイドの落ち着いた声である。


 タヌキのアリシアが素早くベッドの下に隠れると、ドアが開いた。


 さきほどとは別のメイドが、食事を載せた銀色のワゴンを押している。

 ワゴンの上には銀色の四角いトレイが載っていた。


「うわ……」


 ホテルの朝食を思わせるメニューである。


 真っ白な皿に厚切りベーコンが二枚と、ふわふわのオムレツが載っている。横には二種類のポテトが、こんもりと添えられていた。


 サラダボウルには、見たことのない野菜が何種類か入っており、彩りがいい。

 焼きたての丸いパンには、高級そうなバターも用意されていた。


 スープとフルーツジュースも、当然のように置かれている。デザートはヨーグルトだ。


 ギルロードが小食なのか量こそ少ないが、盛り付けは完璧である。

 啓助がインスタ女子なら、間違いなく写真を撮っていただろう。


 メイドはテーブルの上に、手際よく並べた。

 続いて給仕もしようとするが、啓助は押しとどめる。


「あとは自分でするからいいよ。ありがとう」


 メイドは意外そうに目を見開いた。驚いているようだが、幸い不快そうな顔ではない。


「失礼しました」


 メイドは無表情に戻り、丁寧に一礼する。


「ごゆっくりお過ごしくださいませ、ギルロード殿下」


 メイドが下がると、アリシアがベッドの下から、ぴょんと出てきた。



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