3-1 聖女、タヌキ的な何かに乗り移る
目が覚めると、明るい部屋にいた。
天井までの高さは五メートルほどだろうか。壁面には巨大な窓があり、日の光が降り注いでいる。
啓助は豪華な天蓋付きのベッドに寝かされていた。
服は光沢のある布で作られた部屋着である。
昨日は玉座の間にふさわしい礼服だったので、誰かが着替えさせたのだろう。
啓助は身体を起こし、大きく伸びをした。
(アリシアのやつ、あとでなんとかするって言ってたけど、寝ている間に全然出てこなかったな)
てっきりスライドショーの部屋に連れて行かれて、説明されると思っていただけに、拍子抜けである。
啓助は、ため息をついた。
(追放って、どういう手順でされるんだっけ。牢屋に放り込んでから、腕を縄で縛って場外に放り出されるとか? 町の人に石とか投げられたりして……。それとも転勤扱いになって、荷物持たされて放り出されるのか? どっちにしても放り出されるんだろうけど、いつなんだ)
寝て起きたら城外ではないだけ、ましなのかもしれない。だがいまの状況も、刑の執行をただ待っているだけなので落ち着かなかった。
そのとき、遠慮がちなノックの音が聞こえる。
「どうぞ」
少しの間のあと、ドアが開いた。
「殿下……お目覚めでしたか」
上品そうなメイドが困惑したような表情で言った。
いまでも倒れたままだと思っていたようである。
(ギルロードにどんな持病があるか知らないけど、いつもならまだ寝込んでいるんだろうな)
「すぐにお食事をお持ちして、お医者様もお呼びします」
「あ、はい。お疲れ様です」
反射的に啓助が言うと、メイドは驚愕の表情になった。
その顔を見て、啓助も自分の失敗に気づく。
(会社じゃないんだから、「あ、はい。お疲れ様です」じゃないだろ!)
啓助は慌てて言い直す。
「ええと……ありがとう」
メイドの顔が青ざめたかと思うと、すぐに赤くなり、一礼して部屋から出て行った。
「あああ……やらかした……」
啓助は頭を抱えて、ベッドに倒れ伏した。
「もっと威厳を持って言うべきだったのか? 『ご苦労である』とか。いや、『大儀である』のほうがいいのか? それとも王族はメイドさんにお礼言わないとか? あー、そういや入社したばっかのとき、取引先の偉い人だと知らずに『どもです』とか言っちまったことがあったなー。あのときは課長の全力フォローで笑い話で済ませてもらえたけど……」
取り返しのつかないミスをしてしまった気がする。
啓助は会社員時代の失敗まで思い出して、暗黒の気分になった。
「どのみち、やらかしたなあ。ていうか、ギルロードの中の人が王弟じゃないって、世間にバレたらどうなるんだ。やっぱ死刑か? あの王様、パワハラだもんな……」
啓助は、天蓋付きベッドの長い支柱に、頭をゴツゴツぶつけた。
そのとき――。
「ねぎらわれて嫌な人はいないと思いますよう。メイドさんも悪い気がしてないんじゃないですか?」
「うわっ!」
独り言を聞かれているとは思わなくて、啓助は飛び上がりそうになった。
「だ、誰だ……!」
「私です。アリシア。聖女ですよう」
「アリシア……!?」
啓助は周囲を見渡した。
輝くような美少女の姿は、部屋のどこにもない。
しかしいまの声は、頭の中に語りかけるものではなく、耳から聞こえたものだった。
「どこだ、アリシア」
「私、魔力の使いすぎで、元の身体に戻れなくなっています。貴方と同じ状況ですね」
「じゃあ、誰かに取り憑いているのか」
「取り憑くとは失礼な」
アリシアは憤慨したように言う。
「ちょうど瀕死のハトがいましたので、ハトの傷を癒やして、ちょっとだけ身体にお邪魔させてもらっています。ホント、ここまで来るのが大変でした。ククルッポポー」
「やっぱり取り憑いているんじゃないか」
啓助はベッドから降りて、窓際に寄った。
窓からは、完璧に手入れされた西洋風の庭園が見える。
朝の光に照らされて木々も輝いていた。梯子を持った庭師たちは、これから作業を始めるのだろう。
しかしアリシアらしいハトの姿は、どこにもない。
(鳥だから外かと思ったが――)
「ここですよ。私はここです」
ベッドから声がする。
啓助はベッドの下を覗き込んだ。
目だけ光っている黒っぽい生き物がいる。
「アリシア……?」
「はい!」
生き物はベッドの下から、勢いよく飛び出てきた。
「聖女再び参上です! クルッポー」
啓助は飛びついてきた生き物を、両手でキャッチした。
焦茶色の、もふもふした生き物である。
愛嬌のある丸い耳を持ち、目の周りの黒っぽい毛がタレ目のように見える。太い筆のようなしっぽは、先だけ墨をつけたように黒かった。
「なあ、ハトじゃなくてタヌキ……だよな」
「ハトです。クルッポ」
「いやいやいや、絶対タヌキだって!」
「ハトですよう。鳴き声が証拠です。ポポー」