8-2
ギイにとって予想しなかった言葉である。
(俺の誘拐って、最初から計画されたものじゃなくて、アクシデントというか成り行きというか……エリンが勝手にやったことだったのか)
だとすると、長老さえ説得すれば町へ戻れるかもしれない。
エリンは不満そうに口を尖らせる。
「ええー、だってー。この王弟殿下がぁ、手下を山賊にしてぇ、このへんで荒らしまくってたっしょ? その現場を押さえるより、殿下を捕まえて人質に取ったほうがよくね? そのほうが絶対、話早いし、悪党に思い知らせることもできていいよね?」
(……は? いま、なんて?)
ギイは唖然とする。
(俺が山賊を使って、村を荒らしているって? なんだよ、それ!)
目を白黒させていると、エリンは、ますます調子づく。
「王弟の手下が暴れているせいで、こっちも困ってるんだからさー、絶対人質にして脅したほうがいいって。暴れるのやめないと、こいつをコロスーってさあ。こっちも手段を選ばないってとこ、見せるってわけよ。あ、交渉は任せて。アタシちゃん、ギリ死なない程度にいたぶる方法、知ってるよ! いまこそこの知識を使うとき! なんちてー」
「ちょ、ちょっと待て――っ!!」
ギイは言葉を遮る。
「俺が山賊の首領、みたいなこと言ってたけど、絶対違うぞ! ずっと城の中に引きこもっていたし……そもそも外に出てきたのも、これが初めてだからな。聞いたことあるだろ? 引きこもりの王弟が追放されて、遠くの島に追いやられるって……」
村人たちが、ひそひそと話し始めた。どうやら少数の知っている者が、大多数の知らない者に、説明をしているらしい。
「静かに」
長老は重々しく言った。
「エリン。やはり殿下を誘拐するのは、早急すぎたのじゃ。おまえは間違っておる」
「長老……」
ギイの胸に希望の光が灯った。
(うまいこと話をもっていけば、長老はこっちの味方になってくれるのか……?)
だが長老は、さらに厳しい顔になる。
「しっかり見張って決定的な証拠を掴めと、あれほど言ったじゃろう? こうして殿下にとぼけられては、どうしようもなくなるのじゃぞ」
(ダメだ。全然味方じゃなかった)
ギイは肩を落とした。
エリンは露骨に顔をしかめる。
「長老様ぁ、ちょーっと言い訳されたくらいで、心折れてどうすんのよー。悪いヤツの往生際の悪さは、デフォだよぉ。それに引きこもりっつーても、こいつ王族だよー。王宮の手下に、ちょいちょいって命令したら、山賊集めて村を襲わせることぐらい、めっちゃ簡単だって」
「メチャクチャ言うなよ。ムリムリのムリ。俺は、やってない!」
「うっわ、白々しい」
ギイとエリンが睨み合っているところへ、長老がゆっくりと進み出る。
「ギルロード殿下。本来ならば、ここへお連れするつもりはありませなんだ。しかし、いまとなっては後戻りはできませぬ。ですので殿下には、我々の要求を受け入れていただきとう存じます。大変申し訳ありませんが、殿下には選択の余地はございません。どうぞご理解ください」
「丁寧な言葉遣いだけど、言ってることはひどいじゃないか。俺が悪事をやっているって証拠がないまま、話を進めるのかよ」
エリンは意地悪く言う。
「いやー、やってるっしょ。だってこのへんの悪党は、みんな言ってるよー。『俺たちは王弟殿下の命を受けてやっているんだ』って」
「悪党が口を割ったのか? どんな尋問をしたのか知らないけど、悪いやつがペラペラ本当のことを言うわけないだろ」
エリンの口元が歪み、笑みの形になった。
「普通そう思うよね。……でもね、アタシには分かっちゃうんだなー、これが」
「どういうことだ?」
エリンは意味ありげに言う。
「そうだねー、早めに教えてあげるほうが、無駄なあがきをしなくていいかもねー。実はさぁ……」
「こら、エリン。おまえの力は切り札じゃぞ。こんなに早く手の内を見せてどうする!」
長老は止めようとするが、エリンは平然と返す。
「こいつ、往生際が悪そうだから、アタシの力をさっさと思い知らせておいたほうがいいって。そのほうが話、早いよ」
エリンは、しゃがんだ。そしてギイと真っ直ぐ目を合わせる。
「アタシ……嘘が分かるんだよね」
一瞬だけエリンの目が赤く光って見えたのは、気のせいだろうか。
(嘘が分かるって……まさか心が読めるのか? もしかして、いま俺が考えていることも……)
焦りが顔に出たのか、エリンがクスッと笑う。
「前にさぁ、山賊を三人捕まえて、いろいろ訊いたんだよねー。どこを狙うとか、何が目的とか、がんばって喋らせたんだけど、何もかも嘘だった。――でも、王弟の命令で悪いことやってるっていうのだけは本当だったんだよねー」
ギイは唾を飲み込む。
(嘘かそうでないかだけが分かる感じか。心そのものが読めるわけじゃないんだ。だったら俺の言っていることだって、本当だって分かるはずだろ)
ギイはエリンを睨みつける。
「盗賊だけじゃなくて、俺が嘘を言っているかどうかも調べるべきだろ。心を読めば、俺が山賊と何の関係もないってことぐらい分かるはずだ」
エリンは肩を竦めたあと、立ち上がる。
「疲れるから、やーだよーん。あんたを探すまでに、けっこう力を使ったもん。遠くから読んだから、普段の十倍疲れたー」
「……おまえ、いつから俺たちをつけ回していたんだ」
「あんたが幻獣を丸焦げにした、ちょっと前かなあ。『そんなのやってない』って言わないよね?」
ギイは苦い気持ちになる。
(こいつ、そんな前からつけ回していたのかよ。俺はともかく、アリシアやイズーにも気づかれていないって……そんなのってアリか?)
ずっと無言だった村人たちが、また小声で話し始める。
「幻獣を丸焦げ……? 殿下はそんなことができるのか?」
「やはり遠くから山賊を操っているんだ」
「魔法書にも執着していたと、書店のオヤジも言ってたじゃないか。きっと他にも恐ろしい魔法が使えるに違いない」
村人たちの、恐怖に歪んだ顔を見ていると、ギイは頭を抱えたくなった。
(幻獣を倒したことが、いまになって効いてくるとはなあ。なんかすげえ悪人みたいになってるけど、俺、どっちかっていうと善良なほうだぞ。後輩の出張、代わりに行ったこともあるし……。ていうか魔法書を売ってた店主も、村人とグルなのかよ。あー、そういやエリンの偽手紙を魔法書に挟むなんて、店主にしかできないよなあ。俺、マジでいろんなところで、ハメられてたのかよ……)
エリンは、すべてを見透かしたような目になる。
「あとをつけながら見てたから、分かるんだけどさ――。あんた、ずーっと嘘ついてるよね。どんな嘘か分からないけど、何かの嘘をついている。魂の芯がブレブレだもんね」




