7-2
――長いような短いような時間が過ぎた。
ギイは、いつの間にか闇の中に横たわっていた。
周囲は物音一つしない。手段は分からないが、町の中から唐突に知らないところへ移されたようである。
(……エリンにやられたんだよな、絶対)
ギイは妖しく光る赤い瞳を思い出す。
見つめられた瞬間、心の奥をまさぐられたような気がした。
髪も地味な黒を押しのけて、一部が赤く染まっている。最初の姿が偽りだったのだろう。
(俺のこと、間抜けとか言ってたもんな。途中で尾行がバレたんじゃなくて、最初から織り込み済み――全部罠だったんだろうな)
確かに自分は大間抜けだ。
しかし落ち込んでいる暇はない。罠に掛けられたのなら、一刻も早く脱出しなければならなかった。
「で、ここはどこなんだ」
ギイは、ゆっくりと身体を起こした。
床に手をつくと、チクチクした感触がある。どうやら藁のござが敷かれているらしい。
慎重に四つん這いで進むと、今度は頭に固いものが当たる。
「痛っ」
手探りで確かめたところ、どうやら鉄格子のようだ。
暗闇に鉄格子。出口も存在しているのか分からない。
「どうやってこんなところに移動させられたんだ。これも魔法なのか? なんでもありじゃないか」
ギイは、ため息をついた。
そのときアリシアの、悲鳴のような心話が響く。
『ギイ、どこです!? 無事ですか? 何が起きているんです? 返事してください!』
『俺は大丈夫だ。でもここは真っ暗で、周囲が全然見えない。アリシアこそ無事か?』
『私は、あの場所から一歩も動いていませんよう。ただギイが急にドロンと消えたんです。まるでアイテムコンテナに入れられたみたいでした。……でも、もしそうならギイと心話で話なんかできるはずないですからねえ』
『そういや、アイテムコンテナの中と外じゃ、時間の進みが違うんだったな。とにかくここは倉庫じゃなくて、真っ暗な牢屋だ。最悪だよ』
アリシアは絶句する。ギイは一番気になることを訊いた。
『あいつ――エリンはいま、どうしてる?』
『えっと……さっきちょっと顔を上げたけど、いまは普通に手紙を書いていますよ? あ、書き終わって立ちました』
『あいつが犯人だ。手紙も全部罠。俺たちは、ハメられたんだよ』
『何ですって――っ!?』
アリシアは、これまでにない大声をあげた。
『いますぐ捕まえて、とっちめてやります! ポポーポポポ!!』
『タヌキでは無理だよ。すぐに捕まって、一緒に牢屋に放り込まれるのがオチだ。攻撃魔法、使えないんだろ?』
『でもでも、このまま見逃したら、ギイは連れて行かれますよう。エリンの足首を、ガブッとひと噛みしてはダメですか?』
『近づく前にやられるよ。俺だってどうやって牢屋にブチ込まれたのか分からないんだ。エリンは絶対に変な能力を持ってるぞ』
ギイは、できるだけ冷静な調子で言う。
『アリシアには別の頼みがある。三日後に帰ってくるイズーに、どうにかして俺の状況を伝えてくれ。タヌキには難しいと思うが……』
『いいえ、なんとかしてみせます! それよりギイが三日間も囚われたままっていうのが、あまりにも危険すぎます。牢屋に入っているそうですが、このあと引きずり出されて大変なことになるはずです。ギイにもしものことがあったら……』
『俺のことは心配しないでくれ。しばらく自力でなんとかする。ところで心話で会話できる距離の限界って、どれくらいなんだ?』
『ギイが思っているより遠くまで届くと思います。私が幻獣に連れ去られたときも、けっこう距離があったでしょう? うんと離れてしまったら難しいですが、エリンの匂いを嗅ぎながら近づけば、いつか心話が届くと思います』
『期待してる。……アリシア、イズーへの伝言、よろしくな』
アリシアの返事は聞こえなかった。
エリンの脚が予想以上に速く、アリシアから一気に離れたのか。
それともこの闇の空間が、遠くからの心話を妨げる何らかの作用があるのか……。
ギイは静かに息を吐いたあと、床に腰を下ろした。両ひざを抱え、じっと闇を見つめる。
最低でも三日間は一人きりだ。エリンだけでなく、他にも敵が現れる可能性は高い。
――それでも。
ギイは拳を、強く握りしめる。
もし殺すつもりなら、わざわざ捕えたりしない。生かしているということは、何か目的があるはずだ。
突破口が開かれるとしたら、相手の目的が明らかになったときだろう。
(見てろよ。絶対に生き延びてやるからな)
ギイは暗闇の中で、静かに決意を固めた。




