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悪役王弟だが王都を追放されたので王位を簒奪することにした  作者: CJギガ
第四章  悪役王弟、女アサシンの標的になる
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7-1 彼女がエリン……なのか?

 少女はギイに気づく様子もなく、黙々と歩いていた。

 ギイは通行人にぶつからないよう細心の注意を払いながら、あとをつける。


 やがて少女は、通り沿いの小さな店に入った。


 ギイは扉の前で立ち止まり、窓越しに中の様子を窺う。

 店内は外より暗く、細部までは分からなかった。ただ棚に紙束が並んでいることは見てとれる。


『何の店だろう。紙問屋……?』


 アリシアも背負い袋の隙間から顔を出した。


『ここは文房具屋さんですね。封筒や便せんがいっぱいあります。筆記用具もいろいろ揃っているみたいですよ。ポッポー』


 ほどなくして少女は、淡い緑色の紙を胸に抱えて店から出てきた。おそらくレターセットだろう。

 そして再び、通りを早足で歩き始めた。

 ギイも距離を取りながら、あとを追う。


『あのレターセット、俺への返事用かな』

『どうでしょう。もしかしたらギイへのお返事じゃなくて、ギイからの手紙を誰かに転送するつもりかもしれませんよ?』

『あー、それもありえるよなあ』


 少女はオープンテラスのあるカフェの前で足を止めた。

 ギイは街路樹の陰に身を潜める。


(ファンタジー異世界にも、スタバっぽいカフェがあるんだな。もっとビアガーデン的なのばっかだと思ってた)


 少女は店に入り、飲み物を手に外へ出てきた。

 そして通り沿いの席に腰を下ろすと、小さな木箱を取り出す。

 中には携帯用の羽根ペンとインク壺が入っていた。少女は真新しい便せんを広げ、手紙を書き始める。


 熱心な様子を見ているうちに、ギイは内容が気になってきた。


『こっそり中身を読めないかな。そーっと横に行けば、いけるかも』


 アリシアの耳が、ピクッと動いた。


『そういう危ないこと、やめましょうよう。確かにギイは上手に気配を消してますけど、万一ってこともあるじゃないですか』


『通りすがりに、ちょっと覗き込むだけでもダメかなあ』


『バレないとは思いますけど……でも、やめときましょうよ。あの手紙、ギイ宛だったら、いずれ手元に届きますよ。それよりお宿に戻って、おいしいお昼ご飯を食べましょう。ねっ?』


 もっともな意見である。

 だが――。


(いま内容が分かれば、後の交渉もやりやすくなるよな。彼女がエリンかどうか早めに確定すれば、今後の計画も立てやすいし)


 ギイは心を決めた。


『せめて筆跡だけでも見させてくれ。字を見れば、彼女がエリンか確認できる』

『そういうものですか?』

『昨日計画を立てるとき、手紙を何度も読み返したからな。筆跡も覚えた』


 アリシアは考え込んでいたが、やがて渋々言う。


『まあ、見るだけなら……。でも、ちょっとだけですよう。ポポー』

『決まりだ』


 ギイは、そっと背負い袋を下ろし、アリシアを外に出す。


『ここで待っていてくれ。俺一人で見てくる』

『え、私も一緒に行きますよう』

『何も背負っていないほうが動きやすいんだ。大丈夫、すぐ戻る』


 アリシアは心配そうにギイを見上げる。


『気をつけてくださいねえ。近寄ったときは、息を止めるんですよ。フーッて息を吐いただけで気づく人もいるんですからねえ。絶対ですよう』

『ああ、分かった』


 ギイは通行人を避けながら、足音を忍ばせて近寄った。

 少女の席と道の間には、段差も柵もない。横に立てば、手元が見えるはずだ。


 ギイは少女の横に立った。

 そして便せんに視線を移す。


(間違いない。手紙と同じ文字だ。やっぱりこの()がエリンか……)


 思わず安堵の吐息を漏らしそうになったが、どうにか呑み込んだ。


 そして今度は少女――エリン自身を見つめる。


 つややかな黒髪に細い指、長いまつげ。

 聖女アリシアのような幻想的な美しさではないが、それでもじゅうぶん美少女と言える。


 相変わらず熱心にペンを動かしており、ギイの存在に気づいた様子はない。


(ちょっとだけ中身を読ませてもらおう。ちょっとだけだから……)


 ギイがわずかに身を乗り出した――そのとき。



 クスッという、小さな笑い声が聞こえた。



(え……?)


 誰の声か、一瞬分からなかった。

 だが状況的に考えられるのは、一人しかいない。


(まさか……気づかれた?)


 ギイが凍りついていると、エリンがゆっくりと顔を上げる。



「みーつけた」



 エリンの両目が、まっすぐギイを捕らえている。


 炎のような赤い目の中に、金色の星形が浮かんでいた。

 すべてを見通しそうな謎めいた瞳の輝きに、どこか邪悪なものを感じるのは気のせいだろうか。


 流れるような美しい黒髪も、いつの間にか、くっきりと赤いインナーカラーが入っている。


 まるで目の前で別人になる手品を見せられたかのようだ。



 エリンは口元を歪める。


「いまの顔、最高。間抜けっぽくて、マジで笑えるんだけど」


 ギイは息を呑んだ。


「お、おまえ……いったい……」


 エリンは嘲るように笑う。


「じゃ、またねー、()()殿()()


 軽やかな声と同時に、ギイはぐいっと腕を掴まれた。



 次の瞬間、足元がふわりと浮いたような感覚に襲われる。


 暗いどこかに引きずり込まれ、視界は一瞬で闇に閉ざされた。


(な、何……!?)


 自分が立っているのか座っているのかさえ分からない。

 手を伸ばしても、地面らしきものに触れられなかった。


 そもそも、いま自分は動けているのだろうか――。


「マジでどうなってんだよ!」


 自分の存在を確かめるかのように、ギイは叫んだ。


 だが声は虚空に吸い込まれるように消えてゆき、誰からの返事もなかった。


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