5 ギイの計画
夕方になり、イズーが宿に戻ってきた。
「おかえり! 冒険者ギルド、どうだった? 受付に綺麗な女性がいて『依頼を受けたければ、まずご登録をお願いします』なんて言われなかったか?」
明るく言うギイに対して、イズーは浮かない顔をしている。
「ギルドで何かあったのか?」
「いえ、その……」
イズーは申し訳なさそうに目を伏せた。
ギイは心配になってくる。
「あのさ、俺の魔法書のために、イズーが無理して稼ぐ必要なんてないんだ。剣聖が冒険者ギルドへ行くってシチュエーションに、ついテンションが上がってしまったけど、本当は俺がバイトでも何でもすべきなんだよな。だからもしギルドで嫌な目に遭ったのなら――いや、そうじゃなくても、イズーが副業なんかする必要なんてないから……」
「ギイ様、違うのです」
イズーはギイの前にひざまずく。
「ギイ様の騎士としてあるまじき、お願いがございます」
「な、何だよ」
「しばしギイ様のお側を離れることを、お許しいただけないでしょうか」
「へ?」
とまどうギイに、イズーは真剣な表情で続ける。
「ギルドに登録したところ、すぐに護衛の依頼が入りました。もしお許しいただけるのなら、三日ほどお側を離れることになります。もちろん反対でしたら、すぐにでも断りの返事をしてまいります」
ギイは思わず安堵の吐息を漏らした。
「なんだ、ずっといなくなるのかと思ったら、三日だけか……」
(イズーが三日いないと、どうなるっけ……)
ギイはアリシアと考えた、計画の内容を思い返す。
まず明日の正午前に書店へ行き、エリン宛の手紙を置いて行く。
そのとき周囲を観察し、できればエリン本人の姿も確認する。
手紙の内容は、会合の時間と場所の変更依頼だ。指定された書店でなく、宿の近くの大通り沿いにする。人の多い場所なら襲撃のリスクも下がるし、仮に襲われても道が広ければ逃げやすいだろう。
最初の会合では、相手の身元確認をする。アリシアがさりげなく近寄り、エリンが普通の人間か、それとも謎の種族の末裔なのか、可能なら見極める。
問題がなければ、後日あらためて宿で本格的に話し合いをする。そのときにはイズーにも事情を伝えて、同席してもらう――というものだ。
(ええと、明日は手紙を持って行って、その翌日が初会合だろ。イズーが戻ったあとに次の段階っていうのは、ゆっくりペースだけど、向こうにも都合があるだろうし、案外ちょうどいいのかもしれないな)
アリシアも心話で機嫌よく言う。
『イズーが留守にしてくれるとは好都合ですね。泊まりがけみたいですし、私たちも宿を抜け出すのが楽になります。クルッポー』
『イズーに見つからないように事を運ぶのが、最難関だったからな』
心話が聞こえないイズーは、不安そうな表情を浮かべる。
「……やはりこの依頼は、断ったほうがよろしいでしょうか?」
「あ、いや。川舟の予約を変えなくちゃとか、そういうことを考えてただけだ」
「その件は私が手配しておきますので、ご心配なく」
ほっとしたように立ち上がるイズーを見て、ギイは申し訳ない気持ちになった。
「なあ、イズーはその依頼、受けたいって思ってるのか? 無理してないか? 断ってもいいんだぞ。あの魔法書の値段分だったら、普通の依頼じゃないだろうし……」
「それほど高額の報酬ではありません。せいぜい、魔法書の取り置きを頼める程度かと。それに依頼内容も、近くの集落まで女性一人を送り届ける、ごく一般的な護衛任務です。難しいものではありません」
「それでも疲れる仕事だろ。無理しなくても……」
ギイは言葉を呑み込む。あやうく「魔法書がタダになる計画がある」と話してしまうところだった。
「ほら、前に幻獣を倒したときに出てきた、青い結晶があっただろ。あれを売ればいいんじゃないかな」
「しかしギイ様は、結晶を持っているとアイテムコンテナが広くなった気がするので、当分手放さないとおっしゃっていませんでしたか?」
「言ってたけど……自分のものを買うために、自分のものを売るのは当然だろ」
イズーは顎に手を当て、考え込むような顔になる。
「以前、売りに出されていた幻獣の結晶を見たことありますが、どれも小さなものでした。それでも高値で取り引きされていたようです。ギイ様の結晶は非常に大きいので、想像も付かないほどの値が付くでしょう」
「じゃあ……」
「ですが高額すぎて、買い手を探すのが大変かと。この町では難しいと思います」
「やっぱりそうか。かといって小さく砕こうとしても、無理だったもんな」
ギイは苦い気持ちになった。
『ギイが上級魔法を覚えれば、小さくできるかもしれませんが、いまの力では無理ですよ』
アリシアが心話で会話に入る。
『それにあの結晶は、大きさ自体にも価値がありそうです。本当に困ったときまで、砕かないほうがいいですよ』
『……アリシアが言うなら、そうなんだろうなあ』
ギイは、ふと思い出して、イズーを見る。
「そういやさ、冒険者ギルドで買い取ってくれないかな。アイテムの買取って、よくやっているだろ?」
「もちろん普通の買取はしています。しかしあまりにも高額のものは、ここのギルドでは難しいと思いますよ。もっと大きなギルドであれば別ですが」
「大きなギルドって、どのへんにあるのかな?」
「ここから最も近い場所は……王都ですね」
「あー、絶対駄目だ」
ギイは王都から追放された身である。買取をしてもらうために戻れるわけがない。
(結晶のことは大きな町に行ってから、だな)
そう思っていると、イズーが話題を変える。
「ギイ様、もう夕食はお済みですか?」
「いや、イズーが戻るまで待ってた」
「では食堂へ参りましょう。今日の日替わりメニューは川魚のムニエルだそうです。宿屋の外まで、いい匂いがしていましたよ」
「それはいいな」
アリシアは、すかさず心話で言う。
『おいも、ついているでしょうか? なかったら、是非頼んでくださいね』
『ああ。蒸したのでも揚げたのでも頼むといい。明日は勝負の日だからな』
『ポポポー! おいしいものを食べて、作戦を成功させましょう!』
アリシアは嬉しそうに飛び跳ねた。
イズーのあとに続いて、ギイは宿屋の階段を下りる。
夕食の話をしながらも、頭の中は明日の手順と手紙の内容でいっぱいだった。
(イズーが今後バイト漬けにならないためにも、これからの魔法使い人生のためにも、明日は絶対にうまくやらないとな)
ギイは心の奥で固く決意した。




