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悪役王弟だが王都を追放されたので王位を簒奪することにした  作者: CJギガ
第四章  悪役王弟、女アサシンの標的になる
41/48

3-3

『二人で考え込んでもしょうがないから訊いてみるか』


 ギイは店の奥に向かって声を掛けた。


「あの、すみません。ちょっといいですか?」

「なんじゃ?」

「ギイ様、どうかなさいましたか?」


 店主だけでなく、イズーまでやってきた。

 ギイは《永劫の魔法書》を差し出す。


「この本って売り物ですか?」

「そうじゃよ」


 店主は、あっさり答えた。


「値段、見当たらなかったんですけど、おいくらですか?」


「一億リーファじゃな」


「い……」


 普段冷静なイズーが驚き声を漏らした。

 一億リーファがどれほどの価値か分からないが、かなりの額なのだろう。


『なあ、アリシア。一リーファって日本円で、ざっくりどのぐらい?』


『十円ぐらいですね……』


『てことは、十億円か……って、じゅーおく!!』


 ギイも思わず声を上げそうになった。


『本一冊が十億円って……なんだよ、それ!? 絶対売る気がないだろ!』


『た、確かに一億リーファの価値があるかと言われると、充分あると思います。でも実際に買えるかどうかとなると、別問題ですよねえ……ポポルルー』


 アリシアは申し訳なさそうに言った。


 ギイはイズーの顔を見た。


 さすがに無理です、と言いたげな沈鬱な表情である。ギイの母である王太后から金を預かっているが、それではとても足りないのだろう。


 店主も、この魔法書が売れるとは思っていないようで、淡々とした口調で言う。


「わしも無理だとは思っておる。だが、この本を持ち込んだ人物が、どうしてもこの値段にしろと譲らなくてな。だから買取ではなく、委託という形で預かっておるのじゃよ」


「はあ……そうですか」


「そもそもこの本、普通の人には読めんじゃろう。古語を変形文字で書いてあるからな。解読するには、それこそ一生涯を費やすことになるじゃろうて」


「え? 確かに文字は掠れてますけど……」


 普通に読めますよ――と言いかけて、ギイは言葉を呑み込んだ。


 異世界語の翻訳能力によって、ギイは読めている。だがそれはアリシアの力によるもので、本来なら理解できるはずのない文字なのだ。

 下手なことを言えば、正体を怪しまれる。ここは黙っておくべきだ。


 店主の目がわずかに細まり、探るような光を帯びた。


「おまえさんは、もしかしてこの本を読めるのかね?」

「いえ……別にそんな……」

「では読めもせん本を、どうして欲しいのかね?」

「えーと……」


 ギイは必死になってごまかす。


「その……なんか一瞬、読めたような、読めないような? それっぽい感じがしたので、面白そうと思ったというかなんというか……」


 ギイは心の中で冷や汗を流す。


(俺って、マジで嘘とかごまかしとかがヘタクソだよな。王弟になったんだから、腹芸とか、もうちょい上手くなったほうがいいんだろうけど……)


 店主はギイの顔を、じっと見つめる。


「おまえさんは金を持っていないけど、この本が欲しいのじゃな」

「ええまあ……。図々しい話だとは思いますが……」

「ふむ」


 店主は表情を緩め、元の穏やかな顔に戻った。


「値が値だから、すぐには売れんじゃろう。金が貯まったときに、まだ欲しいと思っていたなら、また声を掛けておくれ」

「はい」


 店主は再び奥へ引っ込んだ。



(十億円を用意できる日なんて、来るのかな……)


 ギイが遠い目をしていると、ずっと黙っていたイズーがギイのほうへ進み出る。


「恐れながら、もう一度だけお訊ねしてもよろしいでしょうか」


「な、なんだ?」


「ギイ様は、()()()この本が欲しいのですか?」


 真剣なまなざしを向けられ、ギイは言葉に詰まった。


 そのときアリシアが言う。



『ジェスチャーだけではありません。強い魔法書には、強い力をどう制御するかも書かれているんです。いまのギイには()()()()本かもしれませんが――いずれ()()()必要になりますよ』



 さらりと告げられた言葉に、ギイは背筋を正した。


 力ある者が、その力を制御する術を学ぶのは、義務であり責任でもある。


 いまのギイには、自分が再び謎の詠唱を始めたとしても、止める手段がない。意思とは無関係に雷を呼び起こし、再び周囲を焼け野原に変えてしまうかもしれないのだ。


(松明を持って火薬庫の上を、うろついているようなものだからな。能力の制御は、指パッチン以上に大事なことじゃないか)



 ギイは覚悟を決めて答える。


「ああ。――この本が、どうしても欲しい」

「……分かりました」


 イズーは静かに頷いた。


「ただ、いまは手持ちがありません。いったん宿に戻って、改めて相談しましょう。他にも必要な本はございますか?」

「あ、もう一冊あるよ」


 ギイは再び店主を呼び、アリシア推薦の初心者向けの魔法書を差し出した。

 店主は丁寧に包装し、会計を済ませたあとギイに手渡す。


「また寄っておくれ」


 一瞬だけ、店主が微笑んだような気がした。

 そう遠くないうちに、ギイが再び店を訪れると確信しているような笑みだった。



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