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「えーと、《ペルテマラの口伝》、《ゼイン系植物魔法の極意》、《五大元素におけるダルトネラ理論の成り立ち》ねえ……」
タイトルは読めるものの、謎の固有名詞が多すぎる。いまの自分の知識では理解できる気がしなかった。
(だいたい、どの本も雰囲気が重苦しいよな。本物の魔法使いじゃないと意味が分からない気がする。俺には、やっぱおまじない系のほうが合ってそうだなあ)
ギイが元の書架に引き返そうとした、そのとき。
――何かに呼ばれた気がした。
実際に音を聞いたわけではない。ただ静寂から忍び寄ってくる、気配のようなものを感じ取ったのだ。
振りかえると一冊の本の背表紙が、燐光のような淡い輝きを放っている。
ギイは吸い寄せられるように、その本に手を伸ばした。
指先が触れた一瞬、鋭い痛みが頭を貫く。
(なんで急に頭痛が……)
側頭部を押さえていると、痛みはすぐに消えた。
(なんだったんだ、いまの)
ギイは小さく吐息を漏らすと、表紙にうっすらとついていた埃を払う。
革表紙には、蛇と時計が象られている紋章が刻まれていた。
不気味な意匠に胸がざわつく。ギイは恐る恐る、掠れた文字を指でなぞった。
「読みづらいな。《永劫の魔法書》って書いているのか……?」
『《永劫の魔法書》!? いま《永劫の魔法書》って言いました?』
アリシアが心話で大声を出すと同時に、背負い袋から勢いよく顔を出した。
耳で声を聞いたわけでもないのに、ギイは思わず左耳を押さえる。
『急になんだよ。びっくりするだろ』
『私だって、びっくりポッポですよ! ギイ、本をよく見せてください!』
ギイは重い本を肩まで持ち上げ、背中にいるアリシアに見せた。
『自らの尾を呑み込む蛇と、針のない時計……。紋章は《永劫の魔法書》そのものですね。中はどうなってます?』
ギイは最初から一ページずつめくった。
アリシアの緊張が背中から伝わってくる。
『嘘みたい……。でも間違いないです。これは本当に《永劫の魔法書》です』
『なんだよ、その大層な名前は』
『大層なのは当然です。いいですか、ギイ。これは四大秘術書のうちの一冊なんですよ』
『え……』
ギイは心話ではなく、思わず声に出しそうになった。
『四大秘術書って……アリシアが前に言ってた、あの四大秘術書のことか!?』
『そうです。よく覚えていて……いえ、忘れるはずもないですよね』
『マジかよ……』
四大秘術書とは、世界に数多く存在する魔法書の中でも、最強と謳われる四冊の魔法書のことである。
一冊はアリシアのいた神殿に保管されているが、残りの三冊は行方知れずらしい。
そんな貴重な一冊が、ギイの目の前にある――。
簡単に信じられることではなかった。
『やば、手が震えてきた』
ギイは息を呑む。
『なあ、さっきの武器屋では魔剣とか聖剣とか、そんな凄い剣はコロコロ見つからない的なことを言ってたじゃないか。なのにどうして四大秘術書は、こんなところにポロッとあるんだよ。どう考えてもおかしいだろ』
『私だって、ビックリです、ポポポ。《永劫の魔法書》は、歴史上から姿を消した謎の種族が持っていたものですよ。その種族はすでに滅んだと言われているのに、魔法書だけがこんなところで売られているなんて、あり得ないですよう』
『じゃあ偽物か?』
アリシアは一拍おいたあと、重々しく言った。
『聖女の名にかけて――これは本物の《永劫の魔法書》です。間違いありません』
ギイは本を手に取る前に感じた、不思議な気配を思い出す。
誰もいないのに、誰かがいたような気配。
そして謎の頭痛……。
まるで「本を早く開け」と急かされたようだった。
あれは誰かの意思だったのか、それとも魔法書自身の願望なのか――。
(って、考えすぎだ。いくらいわく付きの魔法書だからといって、本は本だろ)
だがこれが、ただの魔法書ではなく「滅びた種族の持ち物である四大秘術書」ならば、異常現象が起きてもおかしくない。
(やっぱ、ヤバい本なのかな……)
ギイは魔法書を閉じる。
『なあ、アリシア。この本、買ったほうがいいのかな。四大秘術書って、ちょっと怖そうというか……。少なくとも、いまの俺には絶対に理解できない内容だよな。次の機会にしたほうがよくないか?』
『次の機会なんて、あるわけないですよ! だってみんな欲しいに決まってます。私だって、タヌキでなければ速攻で買ってますね。だいたいこんなところにあるのがおかしいんです。運命の導きですよ! ……いいですか、ギイ。これは最初で最後のチャンスです。この機会を逃したら、二度と手に入らないですよ。クルルポー!』
アリシアは早口でまくし立てたあと、何か企んでいそうな調子になる。
『いいことを教えてあげますよ、ポッポ。この本は強大な魔法の使い方だけでなく、ジェスチャーについて書かれています。興味ありませんか?』
『なんだよ、ジェスチャーって』
『魔法と動きを関連づけることで、詠唱をせずに魔法を発動させる方法です』
動きと聞いて、ギイがまず思い浮かべたのは阿波踊りだった。次に頭に浮かんだのは、神社で見た奉納の舞である。
『ガチの無詠唱なら凄いけど、動きって……。俺、ダンス苦手なんだけど』
『難しい動きをしたければ、やってもいいと思いますよ。簡単なところだと、かかとを三回地面に打ち付けることで、手に持っているものを浮かせたりとか、そういうことができますね』
『え!?』
ギイは思わず本を握りしめた。
『指パッチンしたら炎が出るとか、そういうカッコイイこともできるのか?』
『そのくらいなら、比較的簡単にできますよ。《永劫の魔法書》は、ジェスチャーで時間短縮ができるっていうのが特徴ですからね。ただし最初に、動きと詠唱の関連付けをする必要があります。そのときにかなりの魔力を消費しますし、魔法理論の勉強も欠かせません。そこをおろそかにすると、単に火をおこすつもりが、空から火球が降ってくる、なんて事態にもなりかねませんね。ポッポー』
『げ、マジか』
とてつもない魔法である。一歩間違えれば大惨事を引き起こしかねない。だからこそ「四大秘術書」とまで呼ばれているのだろう。
それでも、物語で見た大魔法使いのような力を手に入れられるかもという誘惑に、どうしても抗えなかった。
ギイは勢いよく首を巡らせ、背中のアリシアを見る。
『俺、やる。この魔法書、絶対に買うからな。マジで指パッチン、やりたい!』
魔法騎士になる夢は叶いそうにないが、大魔法使いにはなれるかもしれない。ギイには、未来へ続く道が輝いて見え始めた。
ギイは改めて魔法書を見る。
内容を知る前は不気味で恐ろしい本のように思えたが、いまでは大切な旅の相棒のように感じられる。
『でもこんな凄い本、売ってもらえるのかな』
『問題はそこですよね。商品棚に置いているのだから、お店としても売る気はあると思いますが……ポポルルー』




