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周囲のざわめきが、一瞬で消えた。
まるで時間が止まったかのように、物音一つしない。
「へ……陛下……」
一斉に衣擦れの音が聞こえた。どうやらその場にいる者が居住まいを正して、頭を垂れたらしい。
静寂の中、ゆっくりと歩く音だけが聞こえる。
「あくまでも噂だと申す者もいるだろう。だが余は信じるに値する情報を得ている」
啓助は横たわったまま、もう一度薄く目を開けた。
医者たちは両腕で啓助を抱えていたものの、身体は国王のほうを向けている。啓助が目を開けたことに気づいていないようだ。
ここは西洋風の宮殿である。
白い壁と天井は、あちこちを金で装飾されていて、天井から下がっている豪奢なシャンデリアも、黄金色の輝きに包まれていた。
床よりも数段高い場所には、黄金の椅子が置かれており、深紅の絨毯が床に長く延びている。
椅子の背後には豪華なエンブレムが織られた緞帳が下がっていた。
王冠と盾を、黒竜と獅子が支えている。これがリーファニア王国の紋章だろう。
間違いなくここは、王国の玉座の間である。
玉座から伸びている深紅の絨毯の上を、ゆっくりとした足取りで一人の青年が歩いていた。
背が高く、流れる滝のように長い金色の髪を持っている。
年齢は二十五を過ぎたほどだろうか。
整った横顔は、秀でた知性と冷酷さを感じさせた。
青年――国王は静かに言う。
「王家に対する反逆は、国王として看過できぬ。――たとえそれが、血を分けた弟であっても」
肉親に対する温かみなど、一切感じさせない声である。
玉座の間には二十人ほどいるが、誰も言葉を発しようとしなかった。
国王は冷たい目で一同を見渡す。
そして啓助と目が合い、視線を止めた。
国王は唇をゆがめるように、かすかに微笑む。
底知れぬ深淵に引きずり込むような目だ。目を通して闇を見せつけているような気さえする。
(これが俺の……ギルロードの兄貴か)
啓助は身震いした。
(邪悪そうなイケメンで、ラスボス感丸出しのヤツが、自分の兄貴で王様かよ……)
しかも恐ろしい兄から「弟は叛意がある」と、はっきり言われたのだ。
(ケンカして大変、とかいう次元じゃないな。どう考えても「裏切り者は死刑」ってヤツだろ……)
啓助はアリシアを、心の底から恨めしく思った。
そのとき、一人の男が口を開く。
「お待ちください、陛下……!」
啓助が最初に聞いた、ケンカの大元らしい男の声である。
啓助は声の主を見た。
年齢は三十歳前後だろうか。騎士らしい黒の礼服に身を包んだ、精悍な顔つきの青年である。
国王の前に出るにふさわしい、光沢のある黒いマントを身につけており、長身のせいもあって、身体も引き締まって見える。
黒髪が肩まで伸びているが、むさ苦しい感じはなく、清潔感のある男らしさに満ちあふれていた。
そしていまも、玉座の間ではなく戦場にいるかのように隙がない。
もしもアクションゲームの世界なら、啓助はプレイヤーキャラクターとして、彼を選んでいただろう。
(ショボい装備しか持ってなくても、さくさく勝てそうだし、どう見ても強キャラだよな)
国王は啓助から視線を外し、黒髪の男のほうを見た。
「イズレイル・ギデイン卿か」
うんざりしたような口調で国王が言うと、イズレイルは片膝を突いて頭を垂れた。
「陛下。恐れながら申し上げたき儀がございます」
国王は元の無表情に戻った。
「申してみよ」
発言の許しを貰い、イズレイルは丁寧だが厳しい口調で言った。
「ギルロード王弟殿下が欺いていると陛下は仰せですが、恐れながら王弟殿下は、日頃から表に出られぬおかたです。書簡のやりとりも極めて少ないと聞いております。陛下がお思いのような計画を練るような御方ではございません」
(つまりギルロードは引きこもりの陰キャだから、謀反をしようにも味方がいないってことか。友達のいない俺には刺さるよな……)
国王を倒すには大義名分だけでなく、人望が必要だ。
仮に隙を突いて国王を暗殺できたとしても、味方がいなければ、今度は家臣に反旗を翻されるだろう。
他人との関わりを避けている引きこもりが、クーデターを起こすのは難しいのだ。
イズレイルは、さらに続ける。
「陛下。王弟殿下に不敬な物言いをする、あの者こそ王権をないがしろにする奸臣と言えましょう。糾弾されるのは、あの者であって王弟殿下ではないはず」
啓助はイズレイルの指さすほうを見た。
そこには青ざめている若い男がいた。遠くからでも震えているのが見てとれて、明らかに小物だと分かる。