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アリシアが顔を出した気配に気づいたのか、イズーが肩越しに振りかえる。
「ギイ様。アリシアにも何か買ってあげてはいかがでしょう?」
「イモを買う約束はしたところだよ」
「食べ物はもちろんですが――アリシアに、ご自身のペットである証をおつけになるのはどうでしょう」
「証って、首輪みたいなやつか? いるかなあ、そんなの」
「あったほうがよろしいかと存じます」
イズーは真面目な顔で続ける。
「いかにアリシアがギイ様に懐いているとはいえ、何かのはずみで他のタヌキと混ざってしまうこともあります。タヌキは集団で行動する性質がありますから、旅の途中でタヌキの群れと出会うと大変です。アリシアがタヌキ仲間とくっついて眠ると、どれがアリシアなのか分からなくなるかもしれません」
「そうかなあ?」
心話で話せるかぎり、アリシアと他のタヌキを間違えるはずがない。
だがタヌキの正体が聖女だと知らないイズーに、理由を話せなかった。
「イズーは自分の馬に、何か買ったりしてるのか?」
「はい。鞍と鐙は特注です。馬も喜んでくれていますよ」
イズーは自信満々に言ったあと、露店の前で足を止めた。
「タヌキでしたら、こちらを首に巻くと個性が出てよろしいかと思います」
店先には、おしゃれなチョーカーが並んでいた。
普通の動物に巻くと、華奢な飾りをボロボロにしてしまいそうだが、アリシアは中身が聖女なので、壊すことはないだろう。
美しい品ばかりだが、用途が首輪なのでためらってしまう。
『アリシア、こういうの欲しいか?』
『え、いただけるのでしたら欲しいですよ。とっても綺麗ですから。ポッポ』
アリシアは背負い袋から身を乗り出した。
『私、神殿に寄進されたものをいただくことはありましたが、私個人に贈り物をされりことって、めったにないんです』
『首輪でもいいのか?』
『首輪でなく、チョーカーですよ。とても素敵じゃないですか』
似たようなものだろ、と思ったが、心話で言わないようにする。せっかく喜んでくれそうなのだから、水を差すこともない。
『じゃあ、どれがいい?』
『ギイのセンスで選んでくださいな。そのほうが贈り物っぽいでしょう?』
責任重大である。
悩んだ末に、ギイは金色のチョーカーを選んだ。
首輪のように巻くタイプだが、飾りのリボンがついている。金色にしたのは、アリシアの髪を思い出したからだ。
「ギイ様、よいものを選ばれましたね。とても綺麗ですよ」
イズーは金を払いながら言った。
ギイはアリシアを背負い袋から出して、さっそくチョーカーをつけてやる。
アリシアは飛び跳ねて喜んだ。
『ありがとうございます! 大事に大事にしますねえ』
『ああ、うん……』
気の利いたことを言えなかったが、ギイも内心嬉しかった。
タヌキとはいえ女性にプレゼントをしたのは初めてで、しかも喜んでもらえたのだ。嬉しさと照れくささが入り交じって、どう反応していいか分からなくなる。
アリシアを背負い袋に入れて、また歩きだそうとしたとき、ふと会話が聞こえてきた。
「そういえば、おまえは聞いたか? 三日前に幻獣らしい生き物が王都へ向かったって話」
「ああ。そして急に姿を消したって話だろ。俺は信じてないけどよ」
「俺は信じてるぜ。というのはな、俺、見たんだよ。東の空に光の柱みたいなのが出現して、パーッと空が光ったのを」
ギイは思わず振り返りそうになった。
だが話している人間と、うっかり目が合うと困るので我慢する。
「でっかい雷じゃないのか?」
「確かにドーンって音もしたけど……でもそのあと、バーッと魔素が増えたというか……。とにかく変な感じがしたんだよ」
「雷に幻獣がやられたってことか。そんな偶然、あるかなあ?」
「幻獣そのものを見たってやつも、何人かいるぞ。凄く高いところに、でっかい鳥みたいなのが飛んでたらしい」
「祭りで酒を飲み過ぎたんじゃねえのか? 昨日会ったやつも、似たようなことを言ってたぞ。海辺で酒飲んで空見たら、なんか飛んでるの見たらしいけど、まばたきした間に消えたって」
男の片方が笑って、もう片方は不満げである。勘違い扱いされたのが気に入らないらしい。
片方が信じていないということは、幻獣はおそらくこの町の真上を飛んでいない。町がパニックになったわけではなさそうだ。
ギイが安堵して歩き出そうとしたとき、今度は笑っていた男のほうが、意味ありげに言う。
「噂といえば、俺は王都のほうが気になっている。なんでも王弟殿下が追放されたそうじゃないか」
ギイの心拍数が上がった。足を止め、男立ちの会話に神経を集中させる。
「あ、なんかそういう話があったな。でも本当なのかよ。王族の追放なんて、もっと大々的にお触れがあるんじゃないのか?」
「それが罪人として追放されるわけじゃないから、ひっそり追い出されるらしいぜ」
別の男の声が加わる。
「王弟殿下だけどよ。俺の知り合いの友達が、南の街道で見たらしい。五人ぐらいお供がついていて、そのうちの一人が剣聖イズレイル様だって聞いたぜ」
「イズレイル様なら北へ行くんじゃないのか? ギデイン辺境伯領といったら、北方だろ」
「あー、確かにな。じゃあ、南の街道は見間違いかもな」
ギイは唾を飲み込む。
(追放の噂は届いているけど、ここにいるのは、バレてなさそうだな。でもそのうち、あらゆるところで俺を見たって噂が流れそうだ)
また別の男が噂話に参加する。
「しかし王弟殿下が追い出されるってことは、王弟派の連中がやっていることはマジなのかねえ」
(王弟派……?)
自分と関係のある言葉に、ギイは不穏なものを感じる。
「あいつら、反国王を掲げて好き放題やっているじゃないか。ついこの間も……」
「ギイ様」
先を歩いていたイズーが、いつの間にかギイの真横に立っている。
「次は魔法書を見に参りましょう。すぐそこに書店がありました」
イズーに腕を引っ張られ、無理矢理その場から移動させられた。
ギイは小声で言う。
「でもあいつら、俺たちの話をしていたぞ。情報収集ってわけじゃないけど、聞いておいたほうがよくないか?」
「ただの噂話です。実際彼らは、我々がここにいることを想像もしていない。あのまま聞いたところで、憶測に振り回されることになりかねません」
イズーは声を潜めて言った。
アリシアもイズーに同意する。
『あの流れでギイの悪口になったら、たぶん落ち込みますよ。そんなことより魔法書を見ましょう! 私が選んであげます。とても楽しいですよ。クルッポー』
確かに自分の性格だと、ずっと気にしすぎて悩むだろう。
(町で聞く王様や貴族の噂話なんて、SNSで見るような悪口しかなさそうだもんなあ。俺は当事者だし、聞かないほうがいいよな……)
「よし、気分を変えて魔法書を見に行こう」
ギイの言葉に、イズーは頷いた。




