1 ここはリゾート温泉地!
ギイは、初めて町らしい町にたどり着いた。
――河岸の町トゥカーテ。
ここから舟に乗って川を下り、海へ出たあと岸伝いに島へ行くことになる。
「山の中の温泉地みたいだなあ」
ギイは宿の二階から外を見た。
山間の町の中央に川が流れ、両脇に宿が並んでいる。
これで家や店が少なければ、川沿いの田舎町という言葉がぴったりかもしれない。
しかし川舟を使う交通の要所なので、普通の田舎にはない大きな商店が建ち並んでいた。
いまは祭りの最中なので、道路沿いに露店も並んでいる。
山に囲まれた町にしては、人通りも多い。ギイは以前テレビで見た、地方都市の日曜市を思い出した。
祭りの期間中というせいもあり、下りの川舟も満席である。予約が取れたのは、今日から四日後の便だ。
「地面じゃなくてベッドで寝られるなんて、最高だな」
ギイは窓辺で伸びをする。
待っている間は快適な宿に泊まり、のんびりと露店を見て回る予定だ。
王都を出て初めて「旅をしてよかった」と心から思う。
『ちょうど春だから、おいしい山菜料理が食べられますよ。しばらくのんびりしましょうねえ、クルッポー』
アリシアも出窓に飛び乗り、一緒に伸びをした。
『そうそう、この町には温泉があるんですよ』
『見るからに日本の温泉地っぽい雰囲気だけど、本当に温泉があるのか』
『リーファニア王国には、けっこう温泉が多いんですよ』
アリシアは嬉しげに続ける。
『これまでは濡れタオルで身体を拭いたり、川に飛び込んで身体を洗ったりしていましたが、今夜は快適なお風呂に浸かれます。最高ですね! ポッポポポ』
『アリシアも温泉に入るつもりなのか?』
ギイは湯につかるタヌキの姿を想像する。
『サルが温泉に入るのは聞いたことあるけど……タヌキってお湯につかって大丈夫なのか? タヌキ鍋になったら大変だぞ』
『サルにできて、聖女にできないはずがありませんよ。いざとなったら力を使って、ぬるめのお湯にします。ポポポー!』
『便利だな、聖女って。湯加減も調節できるのか』
ギイは、ふと疑問に思う。
『アリシアは男湯と女湯、どっちに入るんだ?』
『私は聖女ですよ。男湯に入るわけないでしょう!?』
『俺が連れて入るならともかく、タヌキ一匹が人間の風呂に入るのって難しいだろ。動物は放り出されるんじゃないのか?』
『それは……』
アリシアが言いよどんでいると、剣士の姿から庶民の旅装に着替えたイズーが言う。
「ギイ様も、お着替えください。そのあと買い物に行きましょう」
生真面目なイズーにしては珍しく、弾んだ声である。
「ご入り用のものがあれば、この機会にお買い求めになるとよろしいかと存じます。日程に余裕があるので、じっくりと物を選べますよ」
「でも俺、金を持ってないんだけど」
「ギイ様の旅費は、王太后陛下からお預かりしております。私もいくばくか持ってきておりますし、何の心配もございません」
ギイは、ほっとした。内心、宿代をどうするのか心配していたのである。
「ではギイ様。まずは、このマントを羽織ってください」
イズーが、こげ茶色の地味なマントを差し出してきた。
道中着けていたものよりも大きめのサイズで、羽織ってみると服装も体型も隠れる。
「……蓑虫っぽいな」
「ご身分が知られては大変なことになりますので、人目を引かない服装をするのがよろしいかと。お顔を隠すために、フードもかぶってください」
「ますます蓑虫だな。窓の外を見たかぎりでは、こんなファッションの人、どこにもいないぞ。よけいに人目を引くんじゃないのか?」
「そうでしょうか」
「いいから見てみろよ」
ギイはイズーを窓辺に呼ぶ。
「今日は天気がよくて暖かいから、厚着して顔を隠しているほうが怪しいって。ほら、誰もこんなの着てないだろ」
イズーは苦い表情をしているが、反論できないでいる。
「俺は引きこもりだったから、顔を知られてない。だから堂々としていたほうがいいと思う。むしろイズーのほうが有名だろ。気をつけるのは、イズーのほうだ」
イズーは十秒ほど考えた末に言う。
「確かにギイ様のおっしゃるとおりです。このマントは寒くなってから、改めてお渡ししましょう」
ギイは心の中でガッツポーズをした。
「そうと決まったら、買い物に行こう。絶対に買わなくちゃいけないものは、何があったっけ。食料を足して……」
『おいもおいもおいも!』
アリシアは、ギラギラした目で、ぴょんぴょん飛び跳ねた。
心話が聞こえないイズーは、即座に言う。
「テントとバングルとダンベルを買いましょう」
「え、テントって、ここにあるのか?」
地面に寝転がる野宿を続けたせいで、この世界にテントが存在するとは思わなかった。
「探してみなければ分かりませんが、おそらくあると思います。王都では大人数で旅する者用のテントばかりで、少人数用のものが品切れでした。騎士団の宿舎にあるものも、軍勢用のものがほとんどで……。ギイ様には道中、不快な思いをさせてしまったことを、お詫び申し上げます」
イズーは神妙な顔で目を伏せた。
『ここってテントのある世界だったのか。そういう概念すらないのかと思ってた』
ギイが心話で呟くと、アリシアは平然と言う。
『テントぐらい、ありますよ。リーファニア王国は旅人が多いわりに、宿場町は少ないですからねえ。私もタヌキになる前は、ちゃんと自分用の立派なやつを持っていました。五人ぐらいがバンザーイして眠れたんですよ。クルッポー』
『そいつがここにあったらよかったのになあ』
石が、ゴロゴロしていた地面に寝た日のことを思い出し、ギイは思わず肩をさすった。
「ところで、ギイ様のお入り用の物は何でしょう」
イズーの問いに、アリシアが即座に言う。
『おいもおいもおいも!!』
アリシアに代わってギイは答える。
「俺、本屋に行きたいな。初心者用の魔法書を探したい。あとアリシア……タヌキのために、おいも」
「ペットのことも、きちんとお考えとは、さすがギイ様ですね」
イズーは、にっこり笑った。
「では、さっそく出発しましょう。……戻ってきたら、ダンベルとバングルを使って、筋トレですよ」
「げっ」
「大丈夫ですよ。最初は簡単なことから始めますから」
イズーは嬉しげに目を細めた。
特訓に気後れする部下に対しても、同じような表情をしていたと容易に想像がつく。
不出来な部下を叱りつけるタイプではなく「さあ、がんばれ。あと百回!」などと、さわやかに無茶振りするタイプに違いない。
『おいもが待っています。すぐに出発しましょう。クルッポー』
アリシアはギイの背負い袋に入った。
河原から町へ向かう道中では、訓練も兼ねて、ギイがアリシアを背負うことも多かった。今日もそうなるのだろう。最初のうちは重くて大変だったが、いまはもう慣れた。
ギイは袋を背負う。
「じゃあ、町を見て回ろう」




