7-2
「いつ……と言われてもなあ」
うやむやにする方法がないか考えるが、イズーは真剣そのものである。嘘やごまかしがきくとは思えない。
「実は俺にもよく分からないんだ」
ギイは、ある程度正直に言うことにした。
「俺は魔法に関する記憶がないんだ。いつ覚えたのか、どうして使えるのか。もう一回やれと言われても、どうしていいか分からない。同じ呪文を唱えたらできるのか、何か別の方法があるのか……。何もかも、さっぱり分からないんだ」
完全に本当のことである。ただ、肝心なことを隠しているだけだ。
自分は、本来ここに存在している王弟ギルロードの混ぜ物である。
なので、ギルロードとしての記憶はない。
(俺の中にいる本物ギルロードなら、魔法もチョイチョイってできるんだろうけど……。ギルロードと俺って、混じりすぎてんのか、魔法の記憶とか全然ないんだよな)
「もしかしたらこの旅は、俺が魔法と向き合うためのものかもしれないな。自分探しの旅というか……」
なんとなく呟くと、イズーの目が驚きで丸くなった。
意外だという感情の中に、ギイの言葉に対する感動のようなものが混じっている。
悪くない感触だ。イズーを納得させるために、ギイは、ことさら力を込めて続ける。
「自分探しであると同時に、成長するための旅だと思う。いや、成長しなければならない。俺は目的地にたどり着くまでに、大魔法を自在に使える、立派な魔法使いになるつもりだ。そのための努力を俺は惜しまない」
(目標は、でっかくてもいいよな。言う分にはタダだし)
「ギイ様……」
イズーは感じ入るように、目を閉じる。
「それほど深いお考えで、旅をなさっておられたとは……。さすがは、ギイ様。このイズレイル・ギデイン、ギイ様の高いお志に感服いたしました」
どうやらイズーの心に、うまく刺さったらしい。
ギイが、ほっとしたとき、イズーは予想もしないことを言った。
「立派な魔法使いになるために、まず筋トレをしましょう」
「は……?」
「ダンベルやスクワットあたりから始められてはいかがでしょうか。道中でも簡単にできますよ」
「筋トレ、ダンベル、スクワット…………?」
間抜けな声を出したあと、ギイはアリシアに訊く。
『なあ、翻訳ミスだろ? 異世界で筋トレとか、あるのか?』
『イズーは筋肉を鍛え上げて、丈夫な身体にするという意味で言っています。クルッポッポ。道具を使って、腕と太ももを鍛える体操をさせたいみたいですよ』
どうやら翻訳は合っているらしい。
困惑するギイに、イズーは、うっとりした顔で続ける。
「身体を鍛えることは、魔法使いにとって重要なことです。今後ギイ様は魔法書を使うこともあるでしょう。魔法書や、様々な魔法道具や触媒等を使うためにも、筋肉は大事です」
「いや、いまでも物ぐらい持てるし……」
「本当にそうでしょうか? 本は重いのですよ。とりわけ魔法書は装丁がしっかりしているうえに、厳重に鍵まで掛けられているものも多く、かなりの重量です。詠唱を完全暗記しているならともかく、そうでないなら最初は本を手に持って、音読するぐらいのつもりのほうがよろしいかと」
確かにファンタジーの物語に出てくる魔法書は、革の装丁の分厚いもので、金属の鍵まで付いている。
片手で重そうな魔法書を持ち、もう片手で杖を振り上げている魔法使いのイラストを、ギイは何度か見たことがあった。
(魔法使いになるためには、詠唱を覚えながら筋トレしなくちゃいけないのか)
しかしギイは、魔法使いが勉強をしているイメージはあるが、筋トレをしているイメージはなかった。
『アリシアは、どう思う? イズーは剣士だから、筋トレがどうこう言ってるだけだよな?』
『魔法使いも身体を鍛えたほうがいいですよ』
予想に反して、アリシアは筋トレを支持した。
『魔法って、かなり体力使うんです。体力があれば、大技を使っても倒れずに済みますよ。それにイズーの言うとおり、魔法書って大きくて重いんです。そもそもギイは体力も筋力もなさすぎなので、絶対に鍛えたほうがいいですよ。クルッポー』
『うわー、やっぱそうか……』
頭を抱えるギイに、アリシアは得意げに言う。
『実は私、神殿主催の体育大会の、腕立て伏せ部門で優勝したんです。シャッシャッシャッって感じで腕立て伏せをする私の勇姿を、ギイにも見せてあげたいですね。聖女は皆の手本になるべき存在なので、がんばりましたよ』
タヌキの身体が、ポヨンポヨンと飛び跳ねた。
ギイは諦めてイズーに言った。
「分かった。筋トレする」
「さすがギイ様です。町に着いたら、さっそくダンベルを買いましょう」
(異世界のダンベルって、どんなのだよ)
とんでもない形をしている気もするが、興味もある。人間の形が同じなので、案外ダンベルも似ているかもしれない。
「楽しみにしとくよ」
イズーは嬉しげに目を細めた。自分の趣味に相手が理解を示したときにみせる微笑みである。
(明日からスクワットさせられそうだよな。今日は、よく休んでおくか)
ギイが寝直そうとしたとき、イズーが言う。
「ところで、ギイ様。お渡ししたいものがあります」
「え、何?」
イズーは一礼した後、アイテムコンテナに触れた。
一瞬の間のあと、一抱えもあるほどの、光る石を地面に置く。
「ギイ様。こちらをどうぞ」
「な、何これ……。光る庭石?」
庭石と言うには、あまりにも美しいものだった。
天空の青だが、湖のような柔らかな移ろいも感じられる。
陽光に照らされると、輝きを増す。
清らかな光というのは、このようなものだろうか。うかつに触れてはならないような、神聖な輝きに思えた。
「これは幻獣を倒した証にございます」
「証?」
「幻獣の生命力と魔力が融合して結晶化したものです。力ある幻獣ほど、価値のある結晶となります」
(要するに幻獣を倒したら、ドロップするやつか)
ギイは改めて結晶に視線を移す。
この美しさは命の輝きによるものかと思うと、畏怖の念を抱かずにいられない。
「幻獣って、死んだら宝石みたいになるんだな。この結晶目当てに乱獲されたりしないのか?」
「したくてもできないと思います」
イズーは淡々と言う。




