6-3
『諦めるな、アリシア! 絶対に助けるから……』
『相手が悪すぎますよう。ロック鳥って、いっぱい飛ぶんですよう。矢を射かけても届きませんよう。ポポー』
『じゃあ、アリシアの魔法で何とかならないのか? タヌキでも聖女だろ? ほら、魔素をいっぱい吸ったって言ってたじゃないか。力が溜まっているなら、ここでバーンと使うんだ!』
『そういう魔法は使えないんですよう。クルルルル』
アリシアは哀しそうな声を出す。
『私は棍棒とかで、えいっと相手を殴ることはできても、魔法で生き物を傷つけることができないんです。聖女だから……』
『ホーリーブレスとか……なんかそういう、聖属性の攻撃魔法とかないのか?』
『アンデッドを浄化することならできますが、幻獣にそんな魔法を掛けたら、逆に元気になりますよう、ポッポ』
ギイは絶望のあまり天を仰いだ。
ロック鳥は、いまや豆粒ほどの大きさになっていた。アリシアからの心話が届くのが奇跡である。
だがいずれ声は届かなくなり、ロック鳥のエサにされるだろう。
アリシアの声も、細く儚くなってゆく。
『ギイ。短い間ですが、楽しかったです。ロック鳥のおやつになる前に、おいもをもっと食べたかったです。おいも、カボチャ、お肉、そしておいも、おいも……』
「アリシア……まだ諦めるなって、言ってるだろ!」
堪えきれなくなって、ギイは声に出して名を呼んだ。
イズーは驚いたように息を呑む。
「アリシア――というのが、あのタヌキの名前ですか?」
「ああ、そうだよ!」
ギイは悔しさをぶつけるように言う。
「食い意地が張って、俺のイモばかり狙っていたけど、俺にとって……大切なタヌキなんだ!」
「ギイ様……」
戦う力があればと、心の底から思う。
(ギルロードは引きこもって魔法の研究ばっかしてたんだろ? こんなときに使える魔法ってないのかよ……)
魔素を大量に吸い込んでいるのは、イズーやアリシアだけではない。ギイ自身もそうだ。
しかし使い方が分からなければ、どうしようもない。
(なあ、本物ギルロード……)
ギイは自分の中に呼びかける。
(いま、魔法の使い方を教えてくれよ。何でもするから……)
心の底から願ったとき――。
《…………………………》
強烈な頭痛と同時に、何かが聞こえた。
――誰の声だ?
ギイの動悸が速くなる。
心臓の音が大きすぎて、身体中を貫くようだ。
《……天を……よ……空の……》
心の中に文字が浮かび上がる。
ギイは無意識のうちに、文字を読んだ。
《……天を裂く雷よ、怒れる空の咆哮よ》
「ギイ様……?」
イズーが怪訝そうな声になった。
ギイは返答せず、自分の内側の何かに求められるまま、文字を読む。
《我が声に応じ、閃光を授けよ》
アリシアの、引きつったような声が聞こえる。
『その詠唱……まさか……』
空は、みるみるうちに黒雲に覆われてきた。
墨を流し込んだかのような暗雲の間に、稲光のような柱が見える。
ギイは、なおも続ける。
《雲間に眠る力を結集し》
『待って、ギイ! それは……』
《万物を貫く絶対の力を示せ》
雷鳴が響き渡り、滝のような雨が降り注ぐ。
突然の嵐に、全身がずぶ濡れになった。だがギイは詠唱を続ける。
『なんてこと……』
小さく呻いたあと、アリシアも早口で詠唱する。
【天空の光よ、リーファニアが聖女の呼び声に応えよ】
黒雲の中に、不意に虹色の小さな輝きが見える。
あそこにアリシアがいるのだろうか。
このまま詠唱を続けると、アリシアに危険が及ぶかもしれない。
――そう、分かっている。
だがギイは誰かに操られるように、詠唱を中断できなかった。
ギイとアリシアの詠唱が重なる。
《すべてを滅する電撃の刃よ》
【輝きよ、神の加護を受けし我を守護し】
《我が意に従い、血肉を焦がし魂を粉砕せよ!》
【雷の力を撥ねのけ、無敵の防壁を築き上げよ!】
《天穹の雷撃!!》
【聖光の防壁!!】
最後の呪文は、どちらのほうが早かっただろうか――――。
のちにギイが読んだ書物に、この日の出来事が書かれてあった。
突然の嵐と同時に、地上に太陽が落ちたような輝きが現れた。
光の柱は空気と大地を震わせ、山が爆ぜるような巨大な音が響き渡る。
遠くからでも目にした者は、世界の終わりかと震えた。
雷は巨大な幻獣を貫き、その身体は焼かれて影すら残らなかったという――。
詠唱が終わると同時に、ギイは倒れ伏した。
自分でも何が起きているのか分からない。
確かなのは、とてつもなく巨大な雷を起こしたのは自分であるということ――。
フルマラソンを三回させられたかのように、体力も力もすべて、奪い取られて、指一本動かすことができないまま、気絶したことである。




