6-2
ギイは青くなった。
「俺、幻獣を見るの初めてなんだけど、このへんって、そんな物騒なヤツが普段からビュンビュン飛んでいるものなのか!?」
「いいえ」
イズーは、きっぱり言った。
「人間と幻獣は棲み分けができています。ときどき侵入するものもおりますが、あくまでも辺境に限ったことです。大型種が王都に近いところまで来ることなど、あり得ません」
(地元民のインパクト的には、恐竜サイズのヒグマが渋谷に現れたようなものか? 確かにあり得ないけど――)
「でもいるよな、ここに」
「それでも本来なら、あり得ないことなのです」
ギイは走りながら考える。
(幻獣はヒグマじゃないから、特殊な力を持っているのか? 古代種って言ってたからドラゴンとか、伝説の強キャラ系列のような気がしてきた。ドラゴンレベルのワシとか、ヤバさ二乗――いや、もっとだろ!)
幻獣は、また鋭い声で鳴いた。
ピュ――――イッ!
声は、さきほどより近い。こちらを見つけたのだろうか。
イズーは息を呑む。
「まずい。ヤツは高い飛行能力と凶暴さを兼ね備えた……です。幻獣でも最悪の部類だ」
「え、何て?」
イズーはもう一度言うが、幻獣の名前らしい単語が聞き取れない。
アリシアが素早く心話で言う。
『ギイの元いた世界にはいない生き物です。いい訳語がないんですけど、置き換えられる言葉、ないですか?』
『この非常時にそんなこと言われても……』
ギイは、ちらりと見た巨大な鳥の姿を思い浮かべる。
『ええと、でっかいワシっぽいから……。そうだ、ロック鳥! アラビアンナイトの絵本で見た、あいつに似てる!』
『分かりました、ロック鳥に置き換えを……』
「ギイ様、危ないっ!」
イズーの警告が飛ぶ。
おそらく一秒にも満たない瞬間だっただろう。
その間に起きたことは――。
ロック鳥がギイの身体を掴んだ。
同時にイズーが呪文を唱え、剣でロック鳥の脚を狙う。
攻撃は当たり、ロック鳥は叫び声を上げてギイを落とした。
ギイは1メートルほど浮いたところで落下し、地面に転がる。
どうにか受け身を取れたので、打ち身ほどしか怪我をしなかっただろう。
アリシアは、しっかり抱えていたので、ちゃんと腕の中にいる。
(アリシア、無事か?)
心話で訊いた、そのとき。
ギュイイイイイイ…………!!!!
ロック鳥が怒りの声を上げる。
次の瞬間、アリシアが腕の中からスルリと抜けた。
(アリシア!?)
まるで目に見えない力で、もぎ取られたかのようだった。
アリシアは吸い込まれるように、ロック鳥の爪の間に挟まる。
『クピポポポポポ――――ッ!!』
悲鳴をあげるアリシアを連れて、ロック鳥は大空へと舞い上がった。
『アリシア…………!!』
ロック鳥とアリシアは、どんどん遠ざかってゆく。
『アリシア、聞こえるか? アリシア!!』
アリシアからの返事はない。
「なんで、こんな……。ちゃんと抱えていたのに……!」
見えない手で、アリシアだけをもぎ取ったような連れ去りかたである。幻獣は魔法も使えるのだろうか。
ギイはイズーを振り返る。
「イズー、追うぞ!」
「いけません、ギイ様!」
イズーがギイの言葉に、はっきりと異を唱えた。
「なんでダメなんだ。こうしている間にも、ロック鳥が……」
「お聞きください、ギイ様」
いまにも走りだそうとするギイの腕を、イズーは掴む。
「我がギデイン伯爵家は、代々辺境伯として北方の障壁を守り続けております。幻獣の侵入を防ぐために戦ってきた家系で、奴らの恐ろしさは誰よりも知っております。そのうえで申し上げます。空を飛ぶ大型の幻獣相手に、我々だけで太刀打ちなどできません」
「しかし――」
「ギイ様はタヌキ一匹のために、どれほどの危険を冒すおつもりですか!?」
「あのタヌキは、ただのタヌキじゃないんだよ!」
「ではギイ様はロック鳥相手に、どう戦うおつもりです?」
ギイは言葉に詰まった。
空を飛ぶ超大型の猛禽類の相手に戦える者など、この地上にいない。
剣聖と呼ばれたイズーでさえ、無理だと言うのだ。
半人前どころか0.1人前にもならないギイでは、羽ばたきだけで倒されそうである。
かといってアリシアを見捨てることなどできない。いまここで立っている間にも、アリシアは遠くへ連れ去られてゆくのだ。
(どうすればいいんだよ、クソッ。あんな化け物に、ワケの分からない方法で連れ去られて……アリシア……)
ギイは拳を握りしめた。
「――ギイ様」
イズーは覚悟を決めたような表情になり、ギイの前に膝を突く。
「恐れながら申し上げます」
「何だ!」
イライラしながらギイが促すと、イズーは真剣な顔で言った。
「タヌキは肉が固くて味もまずく、煮ても焼いても食えたものではありません。ですから非常食には不向きかと存じます」
「……………………は?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
(食うって……タヌキを? 誰が……)
疑問を声に出せず、ただ口をぱくぱくと動かしていると、イズーは続ける。
「ギイ様は、あのタヌキをいざというときのための新鮮な食料のつもりで、連れて来られたのでしょう。かつて辺境への旅に、食料としてヒツジを連れていったという記録も残っていますので、それに倣ったのだと拝察しておりました。ゆえに申し上げます。ギイ様、いまがまさにタヌキを役立てるとき。あのタヌキはギイ様の身代わりになったのです!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
ギイは必死になって言う。
「タヌキを食料って……俺はそんなつもりで連れてきたんじゃない!」
「では、どういうおつもりだったのですか?」
「ペットだって最初に言っただろ!!」
今度はイズーが不思議そうな顔になる。
「しかしギイ様は、タヌキに名前を付けておられなかったではありませんか。情が移らないように、あえて名前を付けなかったのでしょう? ゆえにあのタヌキはペットではなく、食材のつもりだったのではと……」
「あー、もうっ!」
ギイは頭を掻きむしる。
「イズーは『恐れながら申し上げます』って前置きしたら、何言ってもいいと思ってんのか!?」
「恐れながら……」
「だからもう、それはいいって!」
(そういやイズーは国王に意見したせいで、俺と一緒に追放されたんだったな)
己が正しいと信じていれば、国王も恐れない男である。ギイに対して意見してくるのも当然だ。
(こうなったらアリシアの正体を言うべきか? 俺たちだけでは、どうしようもないっていう状況は変わらないけど、イズーがやる気になってくれるだけでもマシだ!)
ギイが口を開きかけたとき。
『ギイ、私はもうダメですよう、クルッポポー』
アリシアの弱々しい心話が届いた。




