2-1 啓助、王宮で災難に遭う
落下が止まり、啓助は地面に投げ出された。
正確には「地面に倒れていた身体に、魂が入り込んだ」と言うべきだろう。
(いってぇぇぇ)
打ち身の一つや二つは、すでにできている気がする。
身体の持ち主は、倒れるときに床に手を突かなかったのかもしれない。
「ギルロード様が、お倒れに……」
「目を開けてくださいませ、ギルロード様!」
「お医者様、こちらです。早く!」
まぶたが重くて、目を開けられない。
周囲の音を聞いたかぎりでは、みんな自分――ギルロードを心配していて、ケンカをしている様子はなかった。
だがすぐに、自分の考え違いだと分かる。
「なんという無礼な物言い……王弟殿下に対して不敬であるぞ!」
怒りを抑え切れていない男性の声である。
低めだが、よく通るいい声だ。真面目で実直な性格であることが容易に想像できる。
啓助は薄目を開けて、声の主を見ようとした。
最初に医者らしい男と目が合う。
「王弟殿下が目を開けられたぞ! よかった……殿下は、ご無事だ……」
(王弟殿下……俺が?)
どうやら自分――ギルロードは国王の弟らしい。
アリシアは「身分が高いので生活に困らない」などと言っていたが、高いどころの話ではなかった。
ギルロードは、おそらくこの国で二番目の権力者である。
(国の名前と名字が同じだもんな。王族じゃないかって気がしてた。……マジでチートな立場だよな。転生したってことなら、赤ん坊か幼児あたりからスタートだろうし、俺には成人男性としての記憶もあるから、無双できるかも)
「ギルロード様は身体が弱くあらせられるので、心配しておりました」
医師は感極まったように、啓助の手を取った。
啓助は自分の手を見て、ぎょっとする。
(あれ、俺の手……なんか、でかくね?)
どう見ても、男子高校生ぐらいのサイズである。赤子でも幼児でもない。
(てことは……前世の記憶を持った幼児が無双するとか、そういう流れじゃないってことか?)
アリシアの言葉を思い出す。
『確かに異世界ですけど、貴方は死んでないし、転生しているわけでもないですよう』
ということは――。
(俺は赤子スタートじゃなくて、元々いたギルロードってやつに乗り移った系かよ!)
では、本物のギルロードの魂はどこにいるのだろうか。
啓助は、またしてもアリシアの陽気な声を思い出す。
『私、一生懸命かき集めて、こねてこねて、やっと一つにしたんです』
(まさか……こねてこねてやっと一つにしたっていうのは、粉微塵になった俺の魂だけじゃなくて、ギルロード本人の魂も入っているのか!? 確かに粉だけを丸めるより、元があって、そいつにくっつけたほうが楽だよな……って、魂はパン生地じゃないだろ)
啓助は、ぎゅっと目を閉じた。そして必死に自分の頭の中に呼びかける。
(ギルロード聞こえるか、おい、本物のギルロード!)
「で、殿下がまた気を失われた……」
「おお、なんということだ」
「殿下、しっかりなさってください!」
周囲が、ますます騒がしくなった。しかし肝心な本物のギルロードの声は聞こえない。啓助の魂と完全に混ざって、意識すら消えてしまったのかもしれない。
(これが聖女パワーかよ……)
アリシアは美しく、ポンコツだが、本当に強大な力の持ち主のようだ。
(でも俺、ギルロードの記憶が全然ないぞ。融合していたら、ギルロードの知識とか、内側から湧いてくるんじゃないのか? なのに、ここがどこだか、何が起きているか分からないし。異世界で無双したくても、高校生ぐらいに成長した男の中に、何の特技もないアラサーの会社員が入っているんじゃ、どうしようもないだろ)
身体が赤子か幼児であれば、無邪気な子供のふりをして、この世界のことを学べただろう。だが現状では、それもできそうにない。
日本にある元の身体に、戻れるものなら戻りたかった。
だが向こうは向こうで、彼女と一緒にテーマパークで、キャラクターの耳付き帽子をかぶるほど、幸せな生活をしているのだ。
こちらの啓助の魂が抜け出したところで、身体に入れてくれる気がしなかった。
(頭を打ったことにして、記憶喪失のふりをするしかないかなあ。医者が駆けつけるほど、本物のギルロードは派手にぶっ倒れたみたいだし)
そのとき――決して大きくないが、はっきりと声が響き渡った。
「我が弟に叛意の兆しあり」