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5-1 川を下って海へ行こう

 翌朝――。


 朝食のあと、イズーは早速地図を出した。



「ここが王都フィザラです」


 イズーは大陸の中央を指さす。


「現在、王都の西――『暮れの森』を進んでいます。予定では、このまま山脈の端を抜けて海に出たあと、船を使って沿岸伝いに南下するつもりでした。ですがあまりにも多い魔素獣とギイ様の体力のことを考慮しまして、別のルートを使ったほうがいいのではと考えた次第です」


「確かに、山脈の端っことはいえ山越えはキツいよな。昨日みたいに夜中に魔素獣がバンバン出たら、ろくに寝られないし」


 イズーは地図の上で指を滑らせる。


「そこで山ではなく、川へ向かうルートを検討しています。ここより南にある川まで出て、船を使って海へ出るというのは、いかがでしょうか」

「いいんじゃないか、それで」


 古来より人間は、歩きづらい陸路より、水路や海路を使うことが多かった。

 整備されていない山道を徒歩で行くより、船で川下りをしたほうが早くて安全なことは間違いない。


 イズーは眉を寄せる。


「ただ、人目にはつくと思います。ギイ様には、これまでとは違う危険があるやもしれません。もちろん私が全力でお守りする所存ではありますが、いつも以上に警戒する必要があるでしょう。そうなるとギイ様は、ずっと気を張っていることになりますので、お身体が心配です」


 ギイは苦い気持ちで聞いていた。


(体調が悪くなりそうなほど、ストレスが掛かるってことか。やっぱり旅の最中に、俺を狙うヤツがいるんだろうな)


「イズー。率直に訊くが……」


 ギイは、ずっと気になっていたことを、思いきって訊ねる。


「俺は命を狙われていると思うか? 追い剥ぎや盗賊の類いじゃなくて……俺を暗殺しようとしているやつが、いると思うか?」


 少しためらったあと、イズーは言う。


「――私には分かりかねます」


「イズーの考えはどうなんだ。たとえば兄上が俺を……」

「恐れながら、ギイ様」


 イズーは言葉を遮った。


「玉座の間で陛下は厳しいご処断をされましたが、果たしてギイ様を亡き者にしようとお考えなのかは、定かでありません。そもそも証拠もないのに国王陛下をお疑いになるのは、ご兄弟を分断しようと企む者の思う壺です。いつどこで何者が訊いているやもしれませんので、口に出されるのを控えられたほうがよろしいかと」


(こんな森の中で聞いているのって、アリシアかイズーか魔素獣ぐらいなもんだろ)

 言い返したかったが、ギイは飲み込んだ。


 少なくともイズーの言っていることは間違っていない。

 誰も聞いていないからといって、これからも国王に対する疑念を口にし続けたら、そのうち、うっかり聞かれる可能性もあるのだ。


(魔法使いが怪しい術を使って聞く可能性もあるしな。声に出して愚痴るのは、やめておくか)


「おまえの言うとおりだ、イズー。これからは気をつけよう」


 すぐに反省するギイを見て、イズーは驚く代わりに、やさしい顔になる。ギイの性分を完全に理解しているようだ。



 ギイは続ける。


「だとすると暗殺者に襲われる以外に、どんな危険があるっていうんだ?」


「ギイ様は王弟であらせられます。民の中には、自らの苦境を過激な方法で陳情してくる者もいるでしょう。また、ギイ様の髪の毛一本でも欲しいと考える、やっかいな価値観を持つ女性が追ってこないともかぎりません」


「え、こんなところにもストーカーがいるのか?」


 ギイの頭の中では「剣と魔法の世界」と「ストーカー」が、すぐに結びつかなかった。


 イズーは大真面目に答える。


「もちろんです。人気のある吟遊詩人の後を追って旅する者も少なくありません。それから、大勢の令嬢が美しい騎士を追いかけて、馬車を全速力で走らせたところに、私も居合わせたことがあります。非常に危険だったので、あの場にいた黒竜騎士団と共に馬車を止めたのですが……あのときの我々のことを、いまでも不愉快に思っている令嬢もおられるでしょうね」


「うわあ……」


 ギイは半笑いになる。

 非モテの人生が長かったせいか、自分にストーカーがつくイメージが湧かなかった。


(でも陳情のほうは、なんとなく分かるな。竹の棒に直訴状をつけて走ってくる感じだろ。じいさんが決死の覚悟で棒を差し出す絵とか、歴史の図録で見た。……追放中の俺には何もできないけど、じいさんのほうが意思疎通ができそうな分、イノシシよりマシな気がするな)



 考えた末にギイは結論を出す。


「ストーカーや直訴状も困るけど、やっぱり化けイノシシのほうがヤバい気がする。だから山ルートは当分なしだ。イズーが森を丸焼けにしなくてもいいぐらい、俺が助けになれる日が来たら、改めてルートについて考えよう。とりあえず町に着いたら、できるだけ人目に付かないように気をつけるよ」


「承知しました。ギイ様が私の助けとは……もったいないお言葉です」


 イズーは、うやうやしく頭を下げた。



「そうと決まったら、出発――の前に」


 立ち上がろうとしてギイは、ふと思い出す。


「今年は魔素獣が多いって言ってたよな。それって確かなのか? 大量発生している事情を知っているなら教えてくれ」


「それは……いえ、確証がないので言うべきことでは……」

「何だよ。噂でもいいから教えてくれよ。そんなに言いづらいことなのか?」


 イズーは眉間に苦悩のしわを寄せる。



「これは、あくまでの噂ですが――もしかすると()()()()()()()()()()のかもしれません」

「え……」


 思ってもみなかった言葉である。


(異常気象とか、魔素の表年とか裏年とか、そういう自然現象かと思っていたら……聖女、だって……!?)


 絶句したあと、ギイは念のため訊ねる。



「聖女っていうと……ええと……」

「南方の聖地におわします、()()()()()()()です」



 ギイは思わず、傍らのタヌキを見た。


 タヌキ――アリシアは朝食のサツマイモを、たっぷり食べたあと、ぷうぷうと寝息を立てながら眠っている。

 その姿は、こげ茶色の枕のようで、聖女としての威厳は皆無だ。

 誰であっても、真の正体など見抜けないだろう。



(確かに聖女に異変があったよな。しかも()()()()()()



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