4-1 魔素獣襲来!
『ギイ、起きてください、クルッポー!』
心話でアリシアに呼びかけられ、ギイは眠い目をこする。
『え、朝……?』
『いいえ』
アリシアに、ドスンと飛び乗られ、ギイは一瞬で目を覚ます。
『痛てて、肋骨が折れたらどうするんだ!』
『肋骨どころじゃないですよ、ポポー。――囲まれています、私たち』
『え!?』
ギイは飛び起きた。
『囲まれているって、何に!? 敵……とか? それとも山賊?』
アリシアが答える前に、イズーが平然とした口調で言う。
「起こしてしまいましたか。ギイ様が寝ていらっしゃる間に倒してしまおうと思っていたのですが」
イズーは、しゃがんだままで、まだ剣も取り出していない。
ギイは小声で訊く。
「倒すって……何がいるんだ?」
「魔素獣です」
「マソ……ジュー?」
初めて聞く単語である。
アリシアが、すかさず説明する。
『魔力の素である魔素が集まって形作った魔獣のことです。魔素って分かります?』
『あー、そういやファンタジーの漫画かアニメで聞いたことがあるな。魔素って魔法のエネルギーっていうか、魔法を使うために必要なやつだろ』
『そうですそうです! 以前の世界には魔法がないのに、よくご存じでしたね』
アリシアは前足で地面を蹴って、ぴょんぴょん跳ねた。人間の身体だったら、拍手をしている状態かもしれない。
正解したのは嬉しいが、喜んでもいられない。
『でも、この世界って魔素がフツーにプカプカ浮いているものなのか? 俺には見えないけど。それともこの森が特別なのか?』
『基本的な魔素の量は、どこも似たようなものだと思います。ただ、魔素を貯めたり使ったりする人があまりいないので、森には溜まりやすいんです。そして溜まった魔素が、森の獣の姿を取るんですね』
『森の獣って、どんなやつ? もしかして……クマとか?』
『いろいろですよ。たとえば――』
アリシアと心話で喋っていることを知らないイズーが、言葉をかぶせる。
「ギイ様、お気をつけください。魔素獣は、こちらに狙いを定めています」
目をこらすと暗い森の奥に、光る点が八つ見えた。
ギイは唾を飲み込む。
「もしかして、あれが魔獣の目の光だったりするのか?」
「ご明察です。見える範囲で四匹いますね。――気配を探ったところ、もう数匹はいるかと」
イズーは、首に掛けているアイテムコンテナに触れる。
次の瞬間、手の中に大剣が現れた。
暗がりの中で輝く金色の鍔に、青く輝く石が嵌まっている。
明らかに特別製の剣だ。
(うわ、やっぱすげえ、かっこええ!)
ギイは思わず身を乗り出すが、イズーに左手で制止される。
「危険ですので、前にお出にならぬよう」
「あっ、はい」
つい、へりくだった口調になり、ギイは慌てて口を押さえた。
幸いイズーは前方を注視していて、ギイの王弟らしからぬ口調を気に留めていない。
前方の草むらが動いた。
イズーは剣を構える。
ギイは身を固くした。
――異世界で、ついに未知の怪物と対峙する。
(獣系ってことは、スライムやゴブリンとかじゃないよな。やっぱクマかな。それとも、ワーウルフってやつとか? 確かオオカミ系だから獣だよな。他にありそうなのは……ニワトリは獣に入るのかな。コカトリスとか……。あー、もっとファンタジーの本を読んでおけばよかった)
後悔した瞬間、大岩のようなものが茂みから突進してくる。
獣の姿を認め、ギイは恐怖と失望に襲われた。
(イノシシかよ――――っ! ……そりゃ、でかいし怖いけどさあ)
ギイが大イノシシの姿を認めると同時に、イズーが大剣を振るう。
キイイイィン――!
金属同士が共鳴するような鋭い音が響いた。
大剣は青い光を放ち、夜闇に弧を描く。
次の瞬間――大イノシシは叫び声を上げ、塵のように消えた。
「え……?」
一瞬の出来事に、ギイは呆然とする。
体高が一メートル以上あるイノシシが、瞬く間に消え失せたのである。
ギイは思わず目をこする。
(幻覚を見た……のか? 俺は)
ガサガサと草むらを揺らした音は、まぎれもなく現実だ。イノシシが走ったときに起きた風は、いまも身体にまとわりついている。
ギイの思考を断ち切るかのように、剣が再び光の弧を描く。
二匹目のイノシシも咆哮を上げて消えた。
「どうなって……」
いるんだ、と言う前に、アリシアが言う。
『これが剣聖イズレイル・ギデインと、魔剣ノクティクレイモアの力ですか。初めて見ましたよ。でっかい魔素獣をパッと消せるなんて、さすがですね』
『ま、魔剣!? マジで?』
ギイの脳裏に、いままで読んだ小説や見たアニメが駆け巡る。
持ち主の命を吸い取ったり、意に反して村や国を焼いたり、いきなり喋り始めて闇の世界に誘ったりと、どの魔剣も手にしたら最後、ろくなことがなかった。
ギイはアリシアに、恐る恐る聞く。
『魔剣って、絶対にやばいやつだろ。イズーが持っていて大丈夫なのか? 邪悪な呪いとかまき散らしてない?』
『何を言っているんですか。クルッポー』
アリシアは呆れたような目を向ける。
『魔剣の「魔」っていうのは、強力な攻撃ができるって意味ですよ。邪悪な意味はないですよう』
『つまり「鬼強い」とか、そういう言葉に近いのか』
ギイは安堵した。イズーが剣を振り回しても、世界は破滅しないらしい。




