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3-3

 あたりは静寂に包まれた。


 虫の羽音も鳴き声も聞こえない。虫除けが効き始めたのだろう。

 ときおり、たき火から、パチッと薪がはぜる音がする。


 それ以外は何も音がしない、静かで平和な春の夜だ。



 疲れているはずなのに、ギイは、すぐに眠れそうになかった。


 地面が固いせいなのか、異世界での旅に気が高ぶっているせいなのか――眠ろうとするほど眠りから遠ざかってしまう。


 目を閉じていると、いろいろなことが脳裏に浮かぶ。



(王太后――俺の母親って、どんな人なんだろう)


 大変な美人だという話だが、性格は聞いていない。

 イズーに息子を頼むと言ったらしいが、すがるように言ったのか、気丈な様子だったのか、それだけでも知りたかった。


(会っておくべきだったかな)


 少し考えたのち、会わなくてよかったと思う。


 ギイは王太后の前で、本物のギルロードを演じきれる気がしなかった。必ず怪しまれるだろう。

 あげく尋問されて事情を話すことになり、ギルロードの魂の半分は赤の他人のものだと知られてしまう。


 どれほど強い人間だとしても、息子が半分別人だと分かって平静を保つことなどできないはずだ。



(あー、もう! 考えれば考えるほど、眠れなくなりそうだ)


 ギイは、さらに深くブランケットに潜る。


(いまは何もできないんだから、ぐるぐる考えてもしょうがない。過去と現在が脳内で、うまいこと混ざってから、王太后と話をすればいいんだよ)


 ギイは気分を変えようと、心話でアリシアに話しかけた。


『アリシア、起きているか?』

『起きてますよう。タヌキは夜行性ですからねえ。夜は元気なんです。クルッポ』


 のんびりした調子で返事があった。

 いつもと変わらないアリシアに、ギイは、ほっとする。


『虫とか、まだいる?』

『もういませんよ。安心してくださいな』

『そりゃあ、よかった』


 安堵するギイに、アリシアは続ける。


『私も虫、苦手ですよ。でもタヌキになってから、そこまで苦手じゃなくなったんですよね。不思議ですねえ、ポッポ』

『タヌキ的には、昆虫は食い物だろ』

『私は昆虫なんて食べませんよ! おいもや肉を食べますから』

『芋虫は素揚げにすると、コリコリしてうまいって聞いたような……』

『絶・対・に! 食べませんから!』


 心話で大声を出されると、頭の中で鐘が鳴るように響き渡る。


『冗談だよ、冗談』

『さっきまで虫が出たとか、ワーワー言っていたくせに! ギイは自分が食べないものを、他人に勧めるのですか!?』

『分かった。悪かったって。おわびに明日は俺の分のサツマイモをあげるよ。イズーにも言っておく』



 アリシアは急速に機嫌を直した。


『分かればいいのです。ポポッポ』


 アリシアと話したおかげで、ギイも気分が持ち直した。


 今度こそ眠れそうだと思ったとき。



『イズーのことですが――私、ずっと気になっていたことがあります』

『え、何?』


 アリシアは意を決したように言う。



『私を見る目つきに、ときおり()()()()()を感じます』



『……は?』



 突拍子もない言葉に、ギイは思わず声を出しそうになった。


 どこまでも忠実で生真面目なイズーと、邪悪な欲望。

 何をどう考えても、結びつかない。


『邪悪な魔王に取り憑かれているとか、そういうの?』


『いいえ、イズーから他人の気配は感じません。あくまでもイズー自身の考えです』


『俺みたいに、魂パッカーンコネコネみたいなのは……』


『ありえません。そんな大魔法、聖女たる私にしかできないことですからね』


『うーん……』


 ますます分からなくなってきた。


『邪悪な欲望って、どっち方向? 世界を支配したいとか、あくどいことをやって金儲けをしたいとか、いろいろあるけど……。まさか旅の途中で俺を殺して、王弟になり代わる……ってのは、無理があるか』


『方向性は分からないのですが、おそらくギイに危害は及びません。あくまでも私に対してだけです』


『つまり聖女に対して、何か思うことがあるのか……。いまの外見はタヌキなのに、よく見破ったな』

 言われてみれば心当たりがある。



 イズーは、ときどきアリシアを鋭い目で見ていた。

 アリシア入りのリュックも、常にイズーが運んでいる。

 リュックを持ってくれたのは親切心からだと思っていたが、別の意図があったのだろうか……。



(いまは芋好きのトンチキタヌキだから忘れていたけど、本来アリシアは膨大な魔力の持ち主だよな。タヌキ状態のときに手に入れていたら、いろいろと使い道があるのかもしれない……)


 ギイは寝返りを打つ。


(いや、まだそうと決まったわけじゃない。イズーには、何か事情があるのかもしれないし、そもそもアリシアの思い違いの可能性もある。イズーが悪人だと決まったわけじゃない……)


『私もまだ、イズーが悪という確証を得ているわけではありません。一応ギイにも言っておいたほうがいいかと思っただけです』


 アリシアはブランケットに潜り込んできた。そしてギイの不安を払うかのように、もふもふのしっぽで頭をなでてくる。


『そんなわけで私も気をつけますので、ギイも用心しておいてください。邪悪な欲望の正体は、これから本腰を入れて探ってみます』

『分かった。――無茶するなよ、アリシア。危険だと思ったら逃げるんだぞ』

『ええ。私、逃げ足が速いので、安心してください』


 ギイは小さく吐息を漏らす。


(アリシアの思い違いだといいな。イズーは少なくとも俺には親切だし、自分の馬も大事にしていたし、悪い奴じゃないはずだ。だから誤解があるじゃないかな……)



『やばい。ますます目が冴えてきたな』

『あら、眠れなかったんですか? じゃあ、すっきり眠れるように、おまじないを掛けておきますよ』

『タヌキなのに、できるのか?』

『大がかりな魔法じゃないですからね。簡単です。クルッポ』



 ギイの頭の上にいたアリシアが、移動する気配がした。


 顔に、もふっとした毛の感触がある。


 ネコよりもイヌに近い、少しごわごわした毛だ。

 これまでは、ネコのふわふわ毛が至高だと思っていたが、イヌ系も悪くない。


(そういやタヌキってイヌ科だっけ。クルッポって鳴くここのタヌキが、本当にイヌの仲間かどうか知らないけど)



 アリシアが小さな声で呪文を唱えると、ギイの意識は急速に遠のいてゆく。


『さすが聖女。凄いな……』

『そうでしょう! 明日起きたら、改めて褒めてくださいね。――おやすみなさい』

『ああ、おやす……』


 おやすみの「み」を言う前に、ギイは深く眠りに落ちた。



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