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「五十崎啓助さん。貴方は女性をかばい、折れた道路標識が頭にヒットしました」
倒れている自分の横に、もう一人の自分が立っている。ただし脚が途中から透けていた。古典的な幽霊の姿である。
「どう見ても死んでるよな、俺」
「いえいえ、違いますよう。短気はいけません。続きを見てください」
次のスライドにも啓助が二人映っている。今度は証明写真のように上半身だけだが、片方は心なしか色が薄い。
「実は貴方は標識が当たったショックで、魂がパッカーンと二つに割れたのです」
「は!?」
「そして片方の魂は粉微塵になりました」
次のスライドで、啓助は一人になっている。薄かったほうの自分の場所には、塵のようなものが映っていた。
「俺、どっちなんだ。死んでないってことは、生きてるほうなのか? でも粉微塵は……」
啓助はアリシアのほうに歩こうとしたが、できなかった。
そこで初めて、自分の身体が存在しないことに気づく。
アリシアの姿が見えるので、身体もある気がしていた。だが、思い違いだったらしい。
「まさか……俺は……」
アリシアは次のスライドを見せた。
今度は啓助が綺麗な黒髪の女性と、テーマパークでツーショットを撮っている姿だった。
ご丁寧に頭には、マスコットキャラクターの耳付きの帽子をかぶっている。いままでの自分では、あり得なかった姿だ。
「パッカーンと割れた片方の魂ですが、元の身体にちゃんと入っています。標識が頭に当たったせいで、たんこぶはできましたが、命に別状はありません。助けた女性とは、いい感じにお付き合いが始まりましたよ。きっと近いうちに結婚することでしょう。おめでとうございます」
無邪気に拍手をするアリシアに、啓助は食ってかかる。
「いや、めでたいか!? めでたくないだろ。俺は粉微塵のほうかよ!」
「でも私が探し求めていたのは、貴方のほうなんですよ」
笑みを消し、アリシアは真剣な顔で啓助を見つめる。
「あらゆる異世界から探し、ようやく見つけたのは貴方……大切な貴方なのです」
サファイア色の目に見つめられ、啓助は落ち着かなくなった。
人間を超越した美の持ち主に言われると、夢見心地になる。もし手を握られていたら、何でも言うことを聞いていたかもしれない。
(粉微塵でも……まあ、よかったのかな……。普通に死んでしまうより……)
アリシアの美しい目が細められ、笑顔になった。
「いやー、ホント大変だったんですよー。貴方の魂は派手に爆砕していましたからねえ。吹き飛ばされて消えかけていたのを、私、一生懸命かき集めて、こねてこねて、やっと一つにしたんです。聖女の奇跡パワーですよ。がんばりました!」
脳天気なアリシアの口調に、啓助は我に返った。
(やっぱ怪しいぞ、この聖女。魂をパン生地みたいに、こねくり回すとか、絶対におかしいだろ)
そもそも何故、自分は謎の場所に引っ張り込まれて、怪しいスライドまで見せられているのだろうか。
いくら美しいとはいえ、会ったばかりのアリシアの言うことを信じてもいいのだろうか。
(もしかして、とんでもないことを押しつけられたりするのか? 化け物退治とか生け贄とか……。ていうか、これって、日本だったら展示会に引っ張り込まれて、絵を売りつけられるパターンだよな)
アリシアは楽しげに続ける。
「そんなわけで今日から貴方はリーファニア王国で暮らすことになりました。ここでのお名前はギルロード・フィルス・リーファニア。カッコイイ名前でしょう? 身分も高いから、生活にも困らないと思いますよ」
長ったらしい名前から察するに、間違いなく貴族だろう。
(ていうか、リーファニア王国でリーファニアって名字ってことは、もしかして……)
「あ――――っ!!」
啓助の考えを中断させるかのように、アリシアが声を上げる。
サファイア色の目で遠くを見つめたまま、早口でまくしたてた。
「た、大変。みんながケンカを始めちゃった! 私、貴方の魂を丸めるのに力を使いすぎて、すぐに現場に行けないんです。すみませんが、私の代わりにケンカを止めに行ってくれませんか?」
「ちょ……何がなんだか分からないのに、ケンカを止めろって、どうやって……」
まだこの王国のことも、自分の状況もさっぱり分からないのである。ケンカのさなかに飛び込んだところで、火に油を注ぐことになりかねない。
「そこは気合いですよ、気合い」
アリシアは、おかまいなしに言う。
「お願いしますよう。私もできるだけ早くそちらへ行くよう、がんばりますから」
次の瞬間、突き飛ばされたような衝撃を受けた。
地面に転がるのではなく、どこまでも落下してゆくような、嫌な感覚だ。
(なんでこんなことになっているんだ、俺……)
啓助は事情をろくに知らされないまま、聖女の力によって異世界に放り込まれたのである。