2-1 イズーとタヌキとサツマイモ
街道は徐々に上り坂になってきた。
ギイの身体が疲労で重くなってくる。脚が、もつれそうになり、息も荒くなってきた。
(坂、全然ゆるいのに、身体がきつくないか? まだ遠足程度しか歩いてないだろ。引きこもりの体力って、マジでちょっぴりしかないんだな。一駅歩いていたころの自分の身体が懐かしい……)
考えながら歩いていると、何もないところでつまずきかけた。イズーが、すかさず支えてくれる。
「あ、悪い」
「いえ」
イズーは道の脇にある大きな木を指さした。
「お疲れのようですし、木陰でしばらく休みましょう」
ギイはうなずき、倒れ込むように木の根元に寝転んだ。
アリシア入りの背負い袋を下ろすと、イズーが水筒を手渡してくる。
ギイは水を、がぶ飲みした。
「助かったよ……。ありがとう」
一息ついたギイは、この先の道を見た。
道の両脇に生えていた背の低い草が消え、大きな木が林立している。見晴らしのよかった場所から、暗い森へと移り変わろうとしていた。
坂の勾配も、明らかにきつくなっている。
「もしかして、この先はずっと山道か?」
イズーは、ギイから水筒を受け取った。
「山岳地帯のような険しい山はありません。しかし低い峠を越すことになります。なので本格的な山道に入る前に、今夜は休まれたほうがよろしいかと思います」
「そうだな。無理して歩いても、途中で倒れそうだ」
「ずっと部屋に閉じこもっておいででしたからね。先は長いのですから、ゆっくり行きましょう」
イズーは自分のペンダントに触れた。
次の瞬間、水筒が消える。アイテムコンテナに収納したのだろう。
(俺もアイテムコンテナの物を出し入れしたら、シュッと消えて見えるのかな)
試そうとして、やめる。
指一本動かしたくないほど疲れ切っていたし、そもそも自分の姿を自分では見られないからだ。
「お疲れでしたら、甘い物でもお召し上がりになりますか?」
「そうしようかな」
返事したあと、ギイはアリシアのことを思い出す。
『おやつやごはんを食べる前には、必ず声を掛けてくださいよ』
自分たちだけが何か食べたら、アリシアは間違いなく文句を言うだろう。
アリシアはタヌキだが、同時に聖女だ。怒らせても、何一ついいことはない。
「あのっ、ちょっといいかな。実はイズーに黙っていたことがあるんだ」
「何でしょう」
「ええと……とりあえず、これを見てくれ」
ギイは背負い袋の口を開く。
『起きろ、アリシア』
『むにゃポポー、おやつの時間ですか?』
『そうだ。その前に、イズーに紹介する』
『私が聖女だと、絶対に言わないでくださいよ』
『バレたら困るのは、俺も同じだ』
アリシアは背負い袋の中から、のそのそと出てきた。
そしてイズーのほうを向き、心持ち姿勢を低くした。お辞儀をしているつもりだろう。
「黒馬――ええと、コークスブレインを置いてきたイズーには申し訳ないけど……実は俺、ペットを連れてきているんだ」
アリシアをどう紹介するか、あらかじめ考えていたので、ギイは、よどみなく言った。
イズーは特に驚きもせず言う。
「ギイ様が動物を背負っていることには気づいていましたが、タヌキだったのですね。名は何というのです?」
「えっと……」
当然聞かれるであろう質問に、ギイは詰まった。
(アリシアって言ったら、勘のいいイズーは聖女と関係あるのかと疑いそうだよな。疑う代わりに、ペットに聖女の名前を付ける痛いヤツだと思われるのも嫌だしなあ。でも別の名前をつけたらつけたで、ボロが出そうだし……どうしよう。このへんも何を言うか、ちゃんと決めていればよかった)
三秒ほど考えた末、ギイは意を決して言った。
「――タヌキ」
「は?」
この答えは、イズーも想像していなかったらしい。
「名前をつけておられないのですか?」
「そんなところかな。だから……タヌキ」
嘘の名前をつけても、すぐバレそうな気がしたので、いっそつけないほうがいい気がする。ギイも嘘が苦手なのだ。
幸いイズーは、ギイの言葉を疑わなかった。
「承知しました。『タヌキ』ですね。私もそう呼ばせていただきます」
「ああ。よろしく」
イズーはアイテムコンテナから干しイモを取り出した。
「よろしければ、ギイ様のタヌキにもどうぞ」
「ありがとう」
ギイはサツマイモを平たくスライスした干しイモを二つ受け取り、一つをアリシアの鼻先に持って行った。




