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イズレイルは頷く。
「我々が昼間に移動する以上、どの道を通ろうが、どれだけ変装しようが、王都周辺だと皆に気づかれます。ならば、いまは堂々と歩き、夕刻に森へ入って旅用の装束になったほうが、よろしいかと思います」
「変装後のギャップを出すために、わざと目立つようにしているのか」
「それでも気づかれるときは気づかれると思いますが、少なくともいまは無理に隠れようとする必要はありません」
イズレイルは言葉を切ったあと、付け加える。
「もちろん殿下は、わざわざ目立つ必要はありません。注目を集めるのは、私だけで充分かと。何者かに襲われたとしても私が相手をしていれば、その間に殿下はお逃げになることができます」
「イズーを置いていけるわけないだろ。無茶言うなよ」
「いいえ、これは当然のことです。主君の盾になることは、臣下に求められることですから」
一切の迷いがない口調である。
「……俺、そういうの嫌なんだけど。勘弁してくれよ」
ギイは正直に言った。
もしも生まれながらの王弟なら、家臣が自分のために命を捨てると言っても、平然としていられただろう。
しかし自分は、折れた標識から他人をかばったため、異世界に来てしまった人間なのだ。他人を犠牲にすることなど、簡単に受け入れられるはずがない。
ギイの事情を知らないイズレイルは、驚いたように目を見開いた。
そして少しだけ厳しい表情になる。
「恐れながら殿下。たとえ、お嫌でも――そのときが来たら、家臣に対して何を命じるのが最善か、考えねばなりません。それは上に立つ者の責務かと存じます。なので迷いなくお願いします」
ギイは、すぐに返答しなかった。
イズレイルの立場では、そう言うのが当然だろう。
だが分かっていても――無理だ。
「……そんな選択をする日が来ないことを祈ってる」
考えた末、ギイは肯定も否定もしなかった。
「ところで変装するのは、もちろん大事だが、まずお互いの呼び名を変えないか? さすがにずっと殿下と呼ばれると、あからさまに怪しいだろ」
「仰せのとおりです」
「その堅苦しい喋りも、もうちょっとなんとかならないかな。ずっと王族に対して使うような敬語じゃないか。そこを変えよう」
イズレイルは困ったように眉を寄せるが、逆らわなかった。
「できるだけ努力してみたいと思います」
「よし」
ギイは歩きながら続ける。
「そんなわけで、俺のことはギイと呼んでくれ」
「ギイ様、ですか」
「様もつけなくていいよ」
イズレイルの眉がわずかに上がり、厳しい顔になる。
「お言葉ですが、殿下……ではなく、ギイ様。我々は主従という立場を崩さないほうがよろしいかと思います」
「なんでだよ。兄弟とか友達同士が旅をしているという、偽装では駄目なのか?」
「それは難しいかと思います」
イズレイルは語り始める。
「理由は三つあります。まず第一に我々の見た目です。我々は顔も体格も似ていないので、兄弟というには無理があります。かといって年齢も趣味も違うので、友人同士にするためには、あらかじめ設定を決め、口裏を合わせておく必要があります。しかし多くの嘘で固めた場合、私の知るかぎりでは、偽装が失敗する確率は高いのです」
一つ目だけで、ギイが諦めるには充分だった。
しかし一応、二つ目も聞くことにする。
「第二の理由ですが、あらゆる決断を下すときです。我が主はギイ様であらせられるので、私の意見は常にギイ様にお伝えして判断を仰ぐことになります。その時点で対等でないことは、誰にでも分かるでしょう。友人同士というのは無理があります」
「三つ目は?」
イズレイルは大真面目に答えた。
「私は演技が下手で、隠し事も上手くありません。実際の身分に近いほうが、やりやすいのです」
「……確かに正直者だなあ」
ギイは、イズレイルと友人同士という設定を諦めた。
「じゃあ俺がどこかの金持ちの次男で、イズレイルは用心棒とかでいいかな」
「それでしたら、私でも何とかなりそうです」
「それで、イズレイルのことは何と呼べばいい?」
イズレイルは少しの間考えたあと、目を細めて微笑んだ。
「では、イズーと。幼少のころ、身内にそう呼ばれておりました」
楽しかった子供時代を思い出したような顔だ。
「イズーか。短くて呼びやすい。いい名前じゃないか」
つられてギイも笑うと、イズレイル――イズーは、うやうやしく頭を下げた。
「恐れ入ります、ギイ様」




