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代わりにギイは胸を張り、威厳のある表情を作る。
「も、もちろん帰省は、島が安全だと確認されてからの話だ。――あと、行ったきりにならず、ちゃんと戻ってくるように。でないと、俺……困るから」
最後は威厳とはほど遠い、ボソボソした声になる。
イズレイルは面食らった顔のまま、ギイの話を聞いていた。
だが不意に、生真面目な表情が崩れ、苦笑いのような微笑みを浮かべる。
「承知しました、殿下。このイズレイル・ギデイン、身命を賭して、必ずや殿下のもとへ戻ります」
ギイが初めて見た、イズレイルの笑顔である。思っていたよりも人懐っこくて、あたたかい。
騎士団の面々に慕われる理由も少しだけ分かった。高い地位にあぐらをかくことなく、部下たちと同じ目線で接してきたのだろう。
その笑顔につられて、ギイも砕けた口調になる。
「帰省はだいぶ先になるだろうけど、よろしく頼む」
アリシアも元気よく言う。
『ギデイン卿の里帰り中は、一緒にがんばりましょう! なんだったらギデイン卿のあとを、二人でこっそりついて行くのも面白そうですよ。たしか、あちらのお里にはおいしいものがあったはずです。ポッポッポ』
『いや、俺たちがついて行っちゃダメだろ』
アリシアをたしなめたあと、ギイは黒馬のそばに歩み寄り、その顔を見上げた。
「それでいいか、コークスブレイン?」
黒馬は答えるように高らかに、いなないたあと――。
がぶっ。
「あいた―――――たたたたただだだ!!」
黒馬はギイの頭を噛み、髪の毛をむしり取ろうと引っ張り始めた。
その場にいた全員が青ざめる。
「よ、よせ、コークスブレイン!」
イズレイルは必死になって黒馬を止めた。
騎士たちも黒馬に群がる。
「コークスブレイン、殿下をかじるのをやめろっ。このままでは、イズレイル様のお立場が……」
「髪は、髪だけは駄目だ。コークスブレイン!」
「殿下っ、大丈夫ですか! 殿下――っ!」
アリシアだけが、のんびりと言う。
『お馬さんは、ギイが何を言っているか分からなかったみたいです。せっかくいい提案をしていたのに、残念ですよねえ』
『なにを呑気な……マジで痛いって!』
『私が心話で伝えておきましょうか? タヌキになってから、けっこう動物と話せるようになったんです』
『いいから早くっ。ハゲる! マジでハゲるから!』
『はいはい、ちょっと待っててくださいねえ』
アリシアの言葉に納得したのか、あるいはイズレイルの必死の制止が効いたのか、黒馬はようやくギイの髪を放した。
イズレイルは絶望の表情で、ギイの前にひざまずく。
「殿下、どうぞお許しを……。コークスブレインの不始末は、私の責任です。いかなる処罰も私が受けますので、馬にだけは何とぞ寛大な措置を賜りますよう……」
「殿下、我々からもお願いしますっ。どうか死刑だけはお許しください!」
ギイは頭を押さえながら、イズレイルと騎士たち対して手を横に振った。
「いいよ、大げさな。馬がやったことに処罰とか、あるわけないだろ」
「しかし……」
「いいから立ってくれ。早く島に行って、早くコークスブレインを迎えに行こう」
「御意……!」
イズレイルは立ち上がった。
(あ、意外と簡単に立ったな)
笑顔を見たときも思ったが、イズレイルとは王弟と家臣というより、旅の仲間として接したほうがうまくいきそうである。
「みんな、見送りありがとう。行ってくる」
ギイは普段どおりの調子で言ったあと、軽く手を挙げた。
続けてイズレイルも、力のこもった口調で言う。
「またいつか会おう」
ギイたちが歩き始めると、その背に向かって騎士たちが、口々に別れの言葉を言う。
「王弟殿下、お気を付けて!」
「イズレイル様、コークスブレインのことならおまかせください!」
「我々にとっての騎士団長は、いつまでも貴方様ですよ、イズレイル様……!」
「お戻りになる日をずっとお待ちしています!」
騎士たちの声に、もはや重苦しさはなかった。
アリシアは心話で自慢げに言う。
『ギイの頭と髪の毛ですが、私を頭に乗っけてくれたら、すぐに元に戻してみせますよ。なんたって聖女ですからね』
『……マジで期待してる』
アリシアを頭に乗せた自分の姿を想像して、ギイは笑いそうになった。
『タヌキの帽子みたいだな。イズレイルが見たら、どう思うだろ』
『ギイが動物入りの荷物を背負っていることは、もう気づいているみたいですよ』
『あ、やっぱり』
さすが剣聖と呼ばれる男である。勘がいい。
『害のない、いいタヌキだって紹介してくださいねえ。聖女ってことは内緒ですよう。真面目な人だからパニックになりそうですし、私の尊厳もボロボロになっちゃいますからねえ』
『アリシアのことを言ったら、この身体に入っている魂がギルロードじゃないってバレるから、絶対に言わないよ』
ギイは、目の前に広がる春の空を見た。
雲一つない青空に、白い鳥が飛んでいる。
どこまでも平和な風景だ――あくまでも、いまは。
城門を出た瞬間、暗殺者に狙われるかもしれない。
人間だけでなく、魔物も襲ってくるかもしれない。
それでもこの陽光は、楽しい旅の始まりを告げているようだ。
だからギイは、アリシアの言葉を真似て言ってみた。
「絶好の追放され日和、だな」
『ですよね、クルッポー』
「御意」
力強い言葉が、すぐに返ってきた。
長い旅は始まったばかりだ。
困難は、きっと多いだろう。
それでも――仲間がいるなら、悪くない。




