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2-3


 代わりにギイは胸を張り、威厳のある表情を作る。


「も、もちろん帰省は、島が安全だと確認されてからの話だ。――あと、行ったきりにならず、ちゃんと戻ってくるように。でないと、俺……困るから」


 最後は威厳とはほど遠い、ボソボソした声になる。


 イズレイルは面食らった顔のまま、ギイの話を聞いていた。

 だが不意に、生真面目な表情が崩れ、苦笑いのような微笑みを浮かべる。


「承知しました、殿下。このイズレイル・ギデイン、身命を賭して、必ずや殿下のもとへ戻ります」


 ギイが初めて見た、イズレイルの笑顔である。思っていたよりも人懐っこくて、あたたかい。


 騎士団の面々に慕われる理由も少しだけ分かった。高い地位にあぐらをかくことなく、部下たちと同じ目線で接してきたのだろう。


 その笑顔につられて、ギイも砕けた口調になる。


「帰省はだいぶ先になるだろうけど、よろしく頼む」


 アリシアも元気よく言う。


『ギデイン卿の里帰り中は、一緒にがんばりましょう! なんだったらギデイン卿のあとを、二人でこっそりついて行くのも面白そうですよ。たしか、あちらのお里にはおいしいものがあったはずです。ポッポッポ』

『いや、俺たちがついて行っちゃダメだろ』


 アリシアをたしなめたあと、ギイは黒馬のそばに歩み寄り、その顔を見上げた。


「それでいいか、コークスブレイン?」


 黒馬は答えるように高らかに、いなないたあと――。




 がぶっ。




「あいた―――――たたたたただだだ!!」


 黒馬はギイの頭を噛み、髪の毛をむしり取ろうと引っ張り始めた。


 その場にいた全員が青ざめる。


「よ、よせ、コークスブレイン!」


 イズレイルは必死になって黒馬を止めた。

 騎士たちも黒馬に群がる。


「コークスブレイン、殿下をかじるのをやめろっ。このままでは、イズレイル様のお立場が……」

「髪は、髪だけは駄目だ。コークスブレイン!」

「殿下っ、大丈夫ですか! 殿下――っ!」


 アリシアだけが、のんびりと言う。


『お馬さんは、ギイが何を言っているか分からなかったみたいです。せっかくいい提案をしていたのに、残念ですよねえ』


『なにを呑気な……マジで痛いって!』


『私が心話で伝えておきましょうか? タヌキになってから、けっこう動物と話せるようになったんです』


『いいから早くっ。ハゲる! マジでハゲるから!』


『はいはい、ちょっと待っててくださいねえ』


 アリシアの言葉に納得したのか、あるいはイズレイルの必死の制止が効いたのか、黒馬はようやくギイの髪を放した。



 イズレイルは絶望の表情で、ギイの前にひざまずく。


「殿下、どうぞお許しを……。コークスブレインの不始末は、私の責任です。いかなる処罰も私が受けますので、馬にだけは何とぞ寛大な措置を賜りますよう……」


「殿下、我々からもお願いしますっ。どうか死刑だけはお許しください!」


 ギイは頭を押さえながら、イズレイルと騎士たち対して手を横に振った。


「いいよ、大げさな。馬がやったことに処罰とか、あるわけないだろ」

「しかし……」

「いいから立ってくれ。早く島に行って、早くコークスブレインを迎えに行こう」

「御意……!」


 イズレイルは立ち上がった。

(あ、意外と簡単に立ったな)


 笑顔を見たときも思ったが、イズレイルとは王弟と家臣というより、旅の仲間として接したほうがうまくいきそうである。



「みんな、見送りありがとう。行ってくる」


 ギイは普段どおりの調子で言ったあと、軽く手を挙げた。

 続けてイズレイルも、力のこもった口調で言う。


「またいつか会おう」


 ギイたちが歩き始めると、その背に向かって騎士たちが、口々に別れの言葉を言う。


「王弟殿下、お気を付けて!」

「イズレイル様、コークスブレインのことならおまかせください!」

「我々にとっての騎士団長は、いつまでも貴方様ですよ、イズレイル様……!」

「お戻りになる日をずっとお待ちしています!」


 騎士たちの声に、もはや重苦しさはなかった。

 アリシアは心話で自慢げに言う。


『ギイの頭と髪の毛ですが、私を頭に乗っけてくれたら、すぐに元に戻してみせますよ。なんたって聖女ですからね』

『……マジで期待してる』


 アリシアを頭に乗せた自分の姿を想像して、ギイは笑いそうになった。


『タヌキの帽子みたいだな。イズレイルが見たら、どう思うだろ』

『ギイが動物入りの荷物を背負っていることは、もう気づいているみたいですよ』

『あ、やっぱり』


 さすが剣聖と呼ばれる男である。勘がいい。


『害のない、いいタヌキだって紹介してくださいねえ。聖女ってことは内緒ですよう。真面目な人だからパニックになりそうですし、私の尊厳もボロボロになっちゃいますからねえ』


『アリシアのことを言ったら、この身体に入っている魂がギルロードじゃないってバレるから、絶対に言わないよ』


 ギイは、目の前に広がる春の空を見た。

 雲一つない青空に、白い鳥が飛んでいる。

 どこまでも平和な風景だ――あくまでも、いまは。



 城門を出た瞬間、暗殺者に狙われるかもしれない。

 人間だけでなく、魔物も襲ってくるかもしれない。

 それでもこの陽光は、楽しい旅の始まりを告げているようだ。



 だからギイは、アリシアの言葉を真似て言ってみた。


「絶好の追放され日和、だな」

『ですよね、クルッポー』

「御意」


 力強い言葉が、すぐに返ってきた。



 長い旅は始まったばかりだ。

 困難は、きっと多いだろう。

 それでも――仲間がいるなら、悪くない。



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