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2-2

 アリシアは慰めるような口調で言う。


『ギイ、元気出してくださいよう。よく考えたらギデイン卿って、勝手に助けてくれただけで、こちらから無理にお願いしたわけじゃないでしょう? ポッポ』


『でも国王派だの王弟派だのっていうのがある以上、俺は無関係じゃいられないだろ』


『それはそうなんですけど……』


 アリシアも一瞬沈みかけたが、すぐに明るい声で話を変えてきた。


『そういえばこの馬さん、女の子なんですねえ。飼い主を慕っている女の子の馬さんって、向こうの世界にいい単語ありましたよね。言葉を置き換えましょうか? 確か、ウマむす……』

『待て、それ以上はダメだ! ていうか、あっちは飼い主じゃない!』


 ギイは慌てて遮った。


『そもそも女の子の馬はメス馬だ。単語を勝手に置き換えたりしないように』

『えー、メス馬って、そのまんまじゃないですか。つまんないですよう。クルポー』

『そのまんまでいいんだ』


 ギイは、きっぱり言った。

 アリシアは不満そうだったが、すぐに、ほっとしたような気配になる。


『ま、ギイの元気がちょっとだけ戻ったので、よしとしますか。ポッポー』


(……俺の気を紛らわせようとしてたのか)


 くだらないやりとりだったが、確かに気持ちが少し軽くなった。

 ギイは心の奥で、そっとアリシアに感謝した。


 しかし肝心な問題は残ったままである。


『こんな雰囲気のまま旅立つのって、絶対まずいよな。最強の黒竜騎士団はボロボロだし、イズレイルも、どんどん覇気がなくなってきたし』


『お葬式ムードをどうにかする方法って、ないですかねえ。これじゃあギデイン卿が明日にでも死んじゃいそうですよう。そりゃあ、暗殺者に狙われそうな旅ですし、王都にも二度と戻れないかもしれませんけど……。でもこんなんじゃ敵が来たとき、ションボリしたまま殺されちゃいますよう』


 アリシアもお手上げのようだ。

 その間も、黒竜騎士団の面々と黒馬は悲しみに沈んでいる。これが永遠の別れだと信じているようだ。


(せめてこの馬だけでも連れて行けたらよかったんだけどな。でも国王命令じゃ、どうしようもないし……)


 ギイは、ため息をついた。


(実家で飼ってたネコのことを思い出すなあ。大学が県外だったからネコと離れたけど、ずーっと寂しかった。帰省するたびに遊んで、ネコパンチもらって……。それでも生きてたときはよかったんだよ。虹の橋を渡ったときは、本当につらかったなあ……)


 イズレイルは、王都に二度と戻れない覚悟をしている。

 立派な決意だが、張り詰めた精神状態にペットロスまで加わると、旅は確実に苦しいものになる。


(馬は生きているのに、会えないっていうのがなあ。……もしかしてイズレイルをペットロスにするために、馬を使うなって命令出したのか? あのパワハラ兄貴、そこまで考えて……いや、まてよ)



 ギイは、ふと気づいた。

 イズレイルと黒馬。どちらも生きているのだから、方法はあるかもしれない。


「あのー、ちょっといいかな」


 ギイは意を決して言った。


「イズレイルが王都に当分戻れないことは規定事項として……旅の途中で、イズレイルの実家に寄ることってできないかな?」

「私の実家に……ですか?」


 イズレイルは「そんなこと考えもしなかった」という表情になる。

 少し考え込んだあと、イズレイルは慎重な口ぶりで続ける。


「確かに、立ち寄るなとの命令は国王陛下から受けておりません。しかしそれでは私が任務を放棄したと受け取られるのではないでしょうか。それに殿下にまで、あらぬ疑いが掛けられて、ご迷惑が……」

「あらぬ疑いって……あっ」


 ギイは思い出した。


(そういやイズレイルの実家って、王弟派の貴族だった。追放の一因じゃないか……)


 それでもめげずに、ギイは提案する。


「じゃあさ、馬を騎士団の誰かに預けて、イズレイルの実家へ連れて行ってもらうのはどうだろう。そして旅が終わったあと、イズレイルが馬を迎えに行けばいい」


「私が……迎えに……?」


「確かに俺たちが王都に戻るのは難しいだろうな。でもイズレイルだけが里帰りするのは、全然ありだろ」


 イズレイルは、まだ驚いているようだった。自分の実家へ行くことなど、想像もしていなかったらしい。


(この世界の人って、みんな実家に帰らないのかな。それともイズレイルは、親と仲悪いのか?)

 不思議に思いながら、ギイは続ける。


「俺たち、この旅は徒歩で行けって言われてるけど、到着後のことは何も言われてないよな? 島に着いてからだったら、実家へ馬を連れに行っても問題ないだろ」


 黒竜騎士団の面々も顔を見合わせた。どうやら彼らにとっても意外なことらしい。

 イズレイルは念を押すように訊いてくる。


「殿下は、我々がエルデクロウ島に着いたあと、()()()私の里帰りをお許しくださるのですか?」

「当然だろ。島まで行くだけでも大変なんだろうし、あとで休暇ぐらい取ってもいいよ」


 イズレイルは息を呑んだ。

 騎士たちも、驚きを隠しきれていない。


『あのー、ギイ。ちょっといいですか?』


 アリシアは不安げに囁く。


『里帰りを許すのはいいんですけど……その間、ギイの護衛は誰がするんです? エルデクロウ島って、どんな家臣がいるのか――そもそも人間の家臣がいるか怪しい場所ですよ』

『あ……』


 ようやくギイにも、イズレイルたちの驚きの理由が分かった。


 騎士の使命とは主君を守ることに他ならない。

 いかなるときもそばを離れず、命を賭して敵を排除する。それが誇りであり、本分だ。


 その騎士に対して、主君(ギイ)が「自分を放って里帰りしていい」と言ったのである。

 騎士たちにとってあり得ない、無謀すぎる提案に聞こえただろう。


『そういやナントカ島って、化け物アイランドだった。……忘れてた』


(最近大事なことを、ど忘れすることが多いな。魂を混ぜられた後遺症か?)


 自分の頭を軽く叩きたくなったが、我慢した。



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