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2-1 剣聖と騎士団と暴れ馬

 王宮から石畳の中庭に出ると、漆黒のマントをまとった正装の騎士たちが、整然と並んでいた。


 屈強な体格の男ばかりで、その数、およそ三十人。


 そのうちの一人は、緋色の布に黒竜の刺繍を施されている旗を掲げていた。

 戦場で振るうものではなく、儀礼用だろう。その美しさと威容は見る者を圧倒せずにいられない。


『黒竜騎士団ですね。王都を警護する最強の騎士団です。ポッポー。本当はもっと人数がいますから、ここにいるのは特に厳選された人たちでしょうねえ』


 背負い袋の中から、アリシアが心話で言った。


『なんか、強キャラ感が凄すぎて、胸焼けしそうだ』


 王宮の規模から考えると、王弟の見送りに三十人というのは、むしろ控えめな人数だろう。


 現在、家臣は国王派と王弟派に二分されており、ギイの出立を見送るという行為は、すなわち王弟派と見なされる危険を伴っていた。相応の覚悟がなければできることではない。


 彼らがこの場にいるのは、理由があった。



「ギルロード殿下。お待ちしておりました」



 一人の黒衣の騎士が、ゆっくりと前に出た。


 身長が一八〇センチを優に超える、威圧感のある男である。

 漆黒の瞳は黒曜石のように鋭く、いかなる敵も見逃さないという強い意志が宿っていた。

 玉座の間では長く垂らしていた黒髪が、いまは後ろで結ばれている。旅のさなかに邪魔にならないようにしたのだろう。


 剣聖イズレイル・ギデイン――黒竜騎士団の元団長にして、王都最強と謳われる騎士である。


 イズレイルはギイの前に膝を突き、深く頭を垂れる。


「イズレイル・ギデイン。今日よりギルロード殿下に忠誠を誓い、御身のために命をかける所存にございます」


 ギイの背中に嫌な汗がにじんだ。


(こういうとき、どう返事すればいいんだっけ)


 無意識に唾を飲み込む。


(命をかけるって言ってる相手に「こちらこそよろしくー」っていうのも軽すぎだよな。映画で見た、相手の肩に剣を置いて、なんかポンポンするのが正解かな? でも全然作法知らないし……。アリシア、どうすればいいんだ?)


 心話で呼びかけてみたが、返事はない。

 何度呼んでも沈黙を守っている。返答に困って、タヌキ寝入りを決め込んでいるに違いない。


 仕方なく、ギイはできるだけ威厳を込めて言った。


「ああ、頼む」

「はっ」


 イズレイルは、さらに深く頭を下げた。


 沈黙が訪れる。


 背中だけでなく、額からも汗が流れてきた。騎士団から感じる視線も、心なしか痛い。


(一応「頼む」って言ったんだから、会話終了ってことで立ってくれないかな。ひざまずいた人を置いて、俺だけ歩き出すわけにもいかないし……。もしかして、こんな強そうな人に「立て」って命令しなきゃいけないのか? 俺、会社でもそういうの、したことないんだけど……)


『ありがたそうな話をするというのはどうでしょう。話が終わるタイミングで手を伸ばし、立つように促すという方法もありますよ』


 タヌキ寝入りをやめたアリシアが、心話で提案してきた。


『ありがたい話って、どんなのだ?』


 すがる思いで訊ねると、アリシアの口調が途端に、しどろもどろになる。


『ええと、春は出会いと別れの季節……みたいな?』

『それって、卒業式でよく言うやつだよな。いや、入学式か? 確かにいまは春だけど……』

『どっちでもいいですよう。私もタヌキになる前は、ありがたそうな話で乗り切っていました。がんばってください。ポポー』

(うう……)


 ギイは心の中で呻く。


 学生時代、成績は中の中。リーダーシップもなく、何かの代表にもなったことがない。授業の一環でスピーチの練習をさせられたこともあったが、本当につらかった。


 だが、やるしかない。

 覚悟を決めた、そのとき。



「待て、コークスブレイン……!」


 遠くから叫ぶ声とともに、蹄の音が響いてきた。

 一頭の黒馬が全速力で、こちらに向かってきている。


(あ、暴れ馬!?)


 城の西側にある厩舎から、脱走してきたのだろうか。


 近づくにつれて、表情まで見えてくる。


 その顔は必死さが三割、悲しさが二割、そして怒りが五割。


 黒馬は後脚で立ち上がり、ギイに向かって鋭くいなないた。


(王宮を出る前に、馬に踏まれてバッドエンドかよ……)


 ギイが絶望しかけたとき。


「コークスブレイン、来るなと命じたはずだ!」


 イズレイルの厳しい声が響いた。


 猛り狂っていた黒馬が、ピタリと止まる。

 急速に元気をなくした黒馬は、元の四つ足に戻って頭を垂れた。

 イズレイルは立ち上がり、黙ってその姿を見つめる。


 黒馬は悲しさが八割の目になり、ゆっくりイズレイルに近づいていった。大きな頭をすり寄せると、イズレイルは、やさしく撫でる。


「よしよし。……いい子だ、コークスブレイン」


 イズレイルの眉間に深い皺が刻まれた。この黒馬と離れがたかったのだと、誰が見ても分かる。


 黒馬の乱入で、騎士たちの緊張も解けたらしい。隊列を崩し、黒馬とイズレイルを囲む。


「イズレイル様以外に懐かない馬だったから、ずっと心配してたが……。脱走して、一緒に行くつもりだったんだな」

「コークスブレインにとって、イズレイル様は親も同然だから、そうなるのも無理はないよ」

「俺だちも寂しいです、イズレイル様……。もう二度とお会いできないのですか?」

「馬鹿なことを言うな。イズレイル様は、いずれまた王都に戻ってこられるはずだ!」


 いかつい騎士たちの目に涙が光っていた。

 健気な黒馬の姿に、自分たちの現状を重ね合わせてしまったのだろう。


(あああ……)


 ギイの心の中が罪悪感でいっぱいになった。


(俺がいなかったら、イズレイルも騎士団を辞めずに済んだんだよな……)

 何か言葉を掛けるべきだろうが、ギイには気の利いた言葉が浮かばなかった。



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