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(……荷造り、大変だったな)
ギイは昨日のことを反芻し、心の中でため息をついた。
アイテムコンテナは、持ち主以外が開くことはできないらしい。
ギイのアイテムコンテナは、すでにギルロード用に設定されていた。
したがって王宮の使用人はもちろん、聖女であるアリシアでさえ開けられないのだ。
「そんなわけでギイ、貴方の荷物は自分で詰めてください」
ギイは、げんなりする。
以前の自分の身体ならともかく、いまの身体は細くて弱々しいのだ。できれば肉体労働はしたくない。
「身分の高い人間も、トラックの荷積みたいなことをするのか?」
「しませんねえ。貴族は自分のアイテムコンテナに大きな荷物を入れないものです。なので、大勢の使用人に荷物運搬用の特注コンテナを与えて、ギュギュッと荷物を詰めた状態で一緒に旅するんですよ。ギイには今回、お世話係がついていないでしょう? だから、自分でがんばってくださいね。クルッポー」
「はいはい、追放された身だから、自分でなんとかしますよ……っと」
ギイは、やけ気味に言った。
(サツマイモ三箱、ジャガイモ一箱、カボチャ一箱。この身体、筋肉がろくについてないから、二日後ぐらいに筋肉痛になりそうだ。猫の手も借りたいって表現があるけど、寝転がっているタヌキの手も借りたかったな……)
ギイは無意識のうちに、自分の腰を叩いた。
(旅の食料に根菜ばっかり頼んだから、メイドさんも変な顔をしてたよな。もっと日用品とか本とか、そういうのを入れたらいいんだろうけど、この世界の旅って、どんなものが必要なのか分からないもんな)
ギルロードの他の部屋にも入ってみたが、驚くほど私物がなかった。
とりあえず着替えの服や、道中役に立つかもしれない礼服は、持って行くことにする。
魔法に関するものは何一つ見当たらなかった。
たくさんの魔法書が書架に並んでいると思っていただけに、拍子抜けである。
『ギイ。出発前に、心話の練習をもうちょっとやってみますか?』
アリシアが、ギイの心の中に呼びかけてきた。
心話とは、声を出さずに喋る方法である。
話そうと思うことを組み立て、相手の心に向かって押し出すという魔法だ。
上級魔法の類いらしいが、ギイはあっさりできた。アリシアが驚きを通り越して、不審がったほどである。
『もう練習しなくても大丈夫だよ。いまもこうやって話ができている』
『無理してませんか? しっかり慣れておかないと、かなり疲れるはずですよ』
『いや、声に出して話すことと全然変わらない。たぶん相手がアリシアのせいだよ。俺の魂をこねたからなあ』
アリシアがギイの魂に干渉したせいで、特別な繋がりができたのだろう。
実際ギイは、アリシア以外の相手と心話で話ができる気がしなかった。
アリシアはタヌキの顔のまま、にっこり微笑む。
『そういうことでしたら、納得です。ここまで違和感なく心話が使えるのでしたら、動物相手にブツブツ話し続ける変な人にならずに済みますよ。よかったですねえ。ポッポポポ』
『変な人って、ひどいな。ネコ相手に喋る人間もいるだろ』
文句を言ったあと、ギイは苦い気持ちになる。
『確かに、俺は国王に嫌われている引きこもりだから、このうえ独り言属性まで付けたくないな』
タヌキのアリシアの言葉は、どうやらギイ以外の人間には、ただの「クルッポー」としか聞こえないらしい。
タヌキ相手に真剣な話をしているギイを見たら、一緒に旅する予定の剣聖イズレイルも離反しそうである。
『だからといってスライド上映のときみたいに、ずっとアリシアに心を読まれながら会話するのもなあ。心話をマスターできて、マジでよかった』
『私だって、常に心を読みながらっていうのは嫌ですよう。一方的で疲れるし、お年頃の男性の心って、いろいろと複雑ですからねえ』
きわどい指摘をされて、ギイは赤くなる。
『あー、もう、絶対に読むなよ! 絶対だぞ!』
念押ししたあと、ギイは両手で自分の頬を叩く。
『あとは剣聖が、タヌキを旅に連れて行くことをどう思うかだよな。アリシアをアイテムコンテナの中に入れて運べたら、怪しまれずに済むんだろうけど……』
『絶対に嫌です!』
言葉をかぶせるように、アリシアが言った。
『昨日も言いましたが、アイテムコンテナの中と外とでは時間の進み方が違うんです。特に私の場合、中で時間を潰しても、外ではほとんど時間が経っていないのですよ』
『そんなものなのか』
『ギイも、アイテムコンテナから出たとき、外の時間があまり経ってないなって思いませんでしたか?』
ギイは昨日のことを思い出す。
『確かに荷物を詰めたあと、外は夕方になっているかと思っていたら、まだ真昼だったな。……なんだ、俺も影響を受けるのか』
『個人差はありますが、誰でも多少は影響を受けますよ。私、アイテムコンテナの中で丸一日過ごしたことがありますが、外の時間は数分しか進んでいませんでした』
『え、マジか』
アリシアは憤慨したように頷く。
『だから私、アイテムコンテナに入れられて、ずーっと旅するなんて、絶対に絶対に嫌ですからね!』
『分かった。アリシアをアイテムコンテナに入れっぱなしとか、絶対にしない』
アリシアは表情を和らげ、上等そうな背負い袋をくわえてきた。
『そんなわけで、昨日決めたとおり、これに私を入れて背負ってください。もうじきお迎えが来ますよ』
『はいはい。……重いタヌキじゃありませんように』
『失礼ですよ、クルッポポポポ!』
ギイは、抗議するアリシアの両脇を掴み、背負い袋の中に入れた。
そして慎重に肩紐を腕に通してみる。
背負い袋の重みで、肩がマントごと後ろに引っ張られるが、歩くのに支障はなさそうだ。
タヌキの丸い身体は全部肉ではなく、毛の部分も多かったらしい。
ノックの音がした。
「殿下。お時間です」
王宮付きの執事の声である。
「分かった」
ギイは袋を背負ったまま背筋を伸ばし、部屋の外に出た。




