3-6
アリシアは励ますように言った。
ギイは、ため息をつく。
「俺自身は、どう考えていたんだろうな。家臣と一緒になって、兄貴に楯突いていたのか、それとも単に持ち上げられていただけで、政争には全然関心がなかったのか……」
アリシアは真面目な顔になる。
「ギルロード殿下がどういうおつもりだったのか、私には分かりません。クルルッポポー。でも、ご本人が知らない間に持ち上げられてそうですよね。なんといっても引きこもりでしたし」
「本当に兄貴に逆らう気がなかったのなら、巻き込まれて気の毒だよな」
引きこもりで無気力だった、ギルロード――。
外界のことに興味がなかったので、見ず知らずの人間と魂を混ぜられても抵抗しなかったのだろうか……。
王弟ギルロードに思いを馳せているうちに、重大なことに気づく。
「なあ、いまのいままで訊くのを忘れてたけど、身体の持ち主のギルロードって、俺と魂を混ぜられたことをどう思っていたんだ? 普通はそういうの嫌だよな。もしかしてギルロードも、俺みたいに魂がパッカーンしていたのか? それとも身体だけでなく、元々魂も弱っていたというか、生まれつき半分ぐらいしかなかったのか?」
「それは……」
アリシアは口ごもった。
しばらく考え込んでいたが、やがてタヌキらしからぬ、どこか寂しげな表情になった。
「この件に関して、私から事情を説明するのは、やめておきましょう。――いつの日か、ギイ自身の心の中で答えを見つけられるかもしれません。……たぶんそのほうがいいと思います」
「そうか……」
他人が土足で踏み入れてはいけない、ギルロードの魂の大切な部分なのだろう。
(本来のギルロードと俺の魂が完全に混ざったら、分かるんだろうな。なんたって自分のことなんだから)
アリシアの表情が、呑気なタヌキらしいものに戻る。
「王家や貴族に関するいろいろなことは、旅の間に説明しますよ。長旅になるでしょうから、たっぷりお話しする時間もあるはずです」
「アリシアも一緒に来てくれるのか?」
「ええ。魔力が戻るまで、タヌキの姿でついて行きますよ。クルッポー」
心強い言葉である。
「助かる、マジで。ありがとう」
「どういたしまして」
アリシアは二本足で立ち、胸を張った。
旅の仲間が増えた。
一人は強そうな剣士。
もう一人は聖女。
いまの聖女は魔力切れを起こしたタヌキだが、きっと助けになるだろう。
「そうと決まったら、旅に向けて気持ちを切り替えましょう。たぶん明日にでも、追い出されるはずです。私からも旅の心得など説明したいことがあります」
「明日追い出されるって、早いな」
「裁判ができなかった代わりに、追放の計画は密かに立てられていたっぽいですよ。玉座の間でのやりとりは突発的なことではなく、陛下側のシナリオどおりってことなんでしょうね」
「そんな重要なこと、よく知っているな」
「タヌキになっている間に、庭とか城内とかで噂をこっそり聞きました。クルルッポポー。計画が成功したから、みんな口が緩んでいる感じです」
人間が立ち聞きしていたら警戒するだろうが、タヌキだと気にも留められないのかもしれない。
(子供のころ見た時代劇でも「何奴! ……なんだ、ネズミか」ってシーンがあるもんな。動物だったら、秘密を聞き放題だ)
「アリシア。旅の間も、この調子で頼む」
「お任せください、ポッポー。あ、旅の最中も、お肉とおいもは食べさせてくださいねえ。おやつもたくさんくださいな」
食い意地の張ったアリシアに、ギイは思わず笑った。
そして、ふと思う。
(俺、アリシアに訊きたいことがあったんだけど……何だったっけ)
重要なことではない。
ただ――指に刺さった棘のように、些細だけれど気になることがあったのだ。
思い出そうとすればするほど、記憶の底に沈んでゆく。掴もうとしても、指の間をすり抜けてゆくようだ。
(駄目だ、思い出せない)
ギイは諦めた。
(ま、忘れるぐらいだから、大したことないんだろうな)
きっと長旅の間に、ふと思い出すだろう。
そのとき改めて、アリシアに訊けばいい。
――本当に大事なことならば。




