008
「王子を倒してきましたよ、父さん」
領主館の食堂にて、一家揃っての晩餐の場面である。
「止めは、刺してないだろうな?」
ただの確認だ。それが必要ならそうしていいと、旅立つ前に言われたのを思い出す。この男はそれでもいいと言って送り出してくれた。その時は笑って受け流すしか無かったのだが、そうしなくてもいい理由を与えてくれたことに、感謝している。父にして大きな男だ。
「もちろん。これも、貰ってきましたよ」
大鷲の記章を胸元から引き抜いて、見せる。
「おお、奴も奮発したもんだ。希少鉱石に彫金と刻印を施した特別製だ」
それほどの物なのか。成程確かに、やけに細やかで豪奢な作りだと思った。なるほど。
「ならそれを賭けて決闘でもするか、妹よ」
血の気が多いパオロが楽しそうに言う。勘弁してくれ。この長兄とはまだ負け越している。とはいえ、しかしこれを賭けるのならば、そちらにも相応のモノを乗せて貰わないと困る。今日負ける気はないが、そこでもし私が勝利しようものなら、兄の面目を潰した妹になってしまうではないか。いや、この家風にそれは些細か。
「〝大斧〟ならいいですよ、兄さん。賭けて下さい。受けて立ちましょう」
家族が固唾を呑んで期待する中、口舌が止まらない。大斧とは総黒ミスリルの超重量級、この地に移住してきたドワーフによるファンタジー金属の合金が発揮した性能の塊であり、その成果の集大成である、巨大、クソ重い、断絶に特化した、まさに鉄塊みたいな決戦兵器であり、前々から欲しいと思っていたのだ。
「いいぞ。それを頂くまでのお前の苦労は知っているからな」
とてもいい笑顔で兄が了承した。なんというか大好きだ。さすが、私の兄だ。
「あら、それなら私のも欲しくなくて?」
母だ。辺境領随一の木こりの娘、やがて魔物を滅殺する者として蛮勇を奮っていた最中を領主に見初められ、数々の死闘の後に夫人として君臨した、最強の斧使いである。
「母さまに挑む無謀は父さまにお任せしますよ。寝台以外でそれが叶うには一〇年先の私を待っ――」
母のアームロックが苦しい。それ以上いけないと、止めろお前ら。