174 Even as we speak
「真逆、あんたが来るとは思わなかったよ」
「お久しぶりですな、辺境領の姫君」
「こそばゆいから、名前で呼んでくれ」
この男、常に最適なタイミングでお茶を用意する妙技持ちな、伯爵の執事だった奴だ。主が貧民窟に移ってからは生活と雑事の一切を一人で取り計らっていた、筈だ。
「ちょっと待て。先に確認させてくれないか?」
「何なりと」
「伯爵は健勝なんだろうな? あのたぬきがいないと、皆が困る」
「はは、それは勿論です。私は老い先の短さからお暇を頂いて、そして貴方のお陰で、老後の夢を叶えられる次第に。あとは孫に任せておきました」
「夢?」
「はい。こう見えて私、美しいものに目がないのです」
そこでズビしと後ろにいたテケロを指す。
「彼は素晴らしい。生命の躍動を迸っている!」
「ああ、そうだな。獣人でもかなり上位にいるぞ」
「そして貴方! 聞く処に拠ればいまの彼を鍛えたのは――」
「私、だな」
静かに、職務を遂行する類の熟練だと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。
「そしてその御身は大闘技祭にて、決勝まで上がられたそうで」
「実力にて至れたかは疑わしいんだが」
「くふふ。それを力と人は言うのですよ」
まあ、まあ。尋常でなかろうとも、この家を任せるに足る人物であるのは間違いない。いいとも。
「ともあれ、ここは任せる。よくしてくれ」
「畏まりました」
才能と適性に、間違いとか取り返しがつかないとか、そんなものもあるのだろう。




