144 魔導都市『セトレア』にて
「郷里の空気は一味違うな。うまい」
「そういや、トーリシアの産だったか」
「おうよ。もう家はないけど、な……」
「しみじみするな。一家して南に移っただけだろ」
「まあな」
ついでに言えば、その原因を作ったのもこいつ、オーエンだ。
「私はインターセプターの整備に向かうから、お前らは好きにしろ」
「こ、小遣いをッ」
「ないんだな、それが」
「――私が貸しますよ?」
「マジか! 恩に着るぜ」
「おいやめろ、そいつに借りを作るんじゃない!」
「そうだぞ、この男からは何か、禍々しいものを感じる――」
「私が一番弟子になる未来が見えますね。 ――いや待てそれは困るッ、兄さんにはこれからも肉壁として!」
散々な言われようであり、言い草である。
「……しょうがない奴らだ。ほれ。こいつらを換金して遣ってみろ」
腰の袋から、それぞれに魔石を放る。ここまで来たら、取っておいても仕方ないしな。
「おおう、さすが姐さん! そこに痺れ――」
「できれば、だがな?」
この国に於いてしても、最上級の魔石に出来るのは足元を見られての二束三文か、解かってるやつ相手の物々交換位のものだ。さあ、学習しておいで。
「ああ、姐さん! 魔導車の調子は如何です?」
「いい感じだ。まだまだやれると、こいつもそう言っている」
この店には何だかんだで世話になっている。購入した時の面影はもはや遠く、最終戦の86号車みたいになってる。
フレームとリーフ式サスペンションを魔木製に換装、艤装にも大分カネを掛けた。足りないのは、この世界にない技術くらいなものだろう。
「わかります。が!」
「何さ」
「実はそこに――」
あるな。シートの賭けられた、車サイズのが。
「うちに豪胆な顧客がいると知った新進の職人が、才と財の総てをぶち込んだ試作第一号車を、是非に見て頂きたいと」
「ほう?」
「こいつは常識をブチのめしますよ!」
言うが早いかシートが取り払われ、現れたるは――
「四輪、だと!?」
「正しく!」
うおいマジかよ、ってことはヒト族はついに! ラックアンドピニオンを!
「見るぞ、いいか?」
「どうぞ! 姉さんになら、これの価値を解かって頂けると信じておりますので!」
寝板はないようだが、構わずにズリズリと下に潜る。そこには!
「何ぞこれ?」
「その〝箱〟が、新開発たる操舵輪の回転力を、直線の動きに変える魔導回路なんです!」
「トンデモ発明だな!」
この世界にも、もちろん歯車はある。水車とか風車で用いられ、その歴史は長い。の、だがそれが小型化される前に『回転』の魔導回路が開発されてしまった、が故にこうなってしまった、それが。ファンタジー!
「そして更に!」
「……まだ、あるのか?」
ズリズリと這い出て、もはや驚くまい。
「脚力を使わずに、止まれるんですよ。こいつは!」
「――話を、聞こうか」
店長が指したのは、操舵輪の下、床にある踏み板だ。ブレーキペダルのように見える。
「アレを踏むと、停止用の回路に動力が伝わり、その抵抗によって減速を行い、空の魔石に魔力を溜めることが出来る、のだそうで」
「回生ブレーキだ!」
「かい?」
文明の加速がヤバい。私は何もしてないのに!
「……天才現るだな。よし買った、幾らだ? あと、そいつにも会いたい」
「お買い上げ、ありがとうございますッ! 職人も呼びますよ! 喜んでくれるでしょう」
――あ。特上の魔石、全部配っちまってたよ。どうしよう?




