001 旅立ちの鐘が鳴る
絢爛、とまではいかないが充分に豪奢な造りの邸宅のボールルームに、この国の次代を担う若人が集っている。――ここは所謂、よくある貴族の集うエリート学園の卒業記念祝賀会という場所で、眼前にはこの国の第一王子、形相は真剣で深刻だ。私の記憶が確かならば、こんな場面は〝悪役令嬢が婚約破棄される〟に違いないのだが、彼の傍らに誰がいるでもなく、そしてお互いに帯剣している。
「ラウラ・フィオレンティーナ! 貴様に決闘を申し込むッ!」
「よかろう。これが最後の機会であること、承知の上だろうな?」
応える私に頷いて、すらり、と抜刀し、吠える。
「ああ、そうだ! 私、ヴィンセント・J・シンプソンは王家の約定に基づいて、これを行うことを誓う!」
ああ、よく育った。あの腐れポンコツがよくぞここまでに至った。出来の悪い弟くらいには認めてやってもいい。
「よい。では、始めよ」
辺りが騒然とする。良家の子息子女の高揚が期待と享楽の予感に膨れ上がるのだ。この〝イベント〟を愛し愉しみにする彼ら、そして誰からも愛される二人。
裂帛の気魄と共に振り下ろされる上段は、虚しく空振る。そこにいるような私ではない。既に左足、踵が奴の心臓を撃ち抜く軌道にある。前の世界で履修した金剛と呼ばれる技だ。
「ッ!」
そこでガードするから二流なのだ。両腕を使うな避けろ。まあ、この蹴りに反応できたのは、いいとしよう。
「遅いッ」
「がッ」
脇も喉も金的も甘い。構えが足りてない。私に剣を抜かせるなと、あれほど言ったのに。平打ちにした理由が判るか。ほら、次だ。
一時しんとしたボールルームが、湧く。毎度のことではあるが、いつものように。
「王子ザマァー! 長年の努力が終了したご気分は如何がですかぁ――!」
「小さいのよね、王位継承権が少ないからって」
「姫様ッ、ご契約解消、おめでとう御座いまッす! あ、〝婚約〟でしったっけ? ははッ!」
私は姫だとかに称されるような何者かではない。いち辺境伯の末娘で、そこに鍛えられた、それに感謝してる、転生人の端くれだ。
黒の森と呼ばれる魔境がある。ドイツのそれではない。この辺りの一国を軽く凌駕する地域に茂り、魔獣をのべつ幕なしに量産して排出する、この世界の癌といえる存在である。そして御多分に洩れずわが国もそれに隣接をしており、その地域を治めるのが私の故郷であるフィオレンティーナ辺境領だ。
大陸の西端から中央に至るまでをこんもりと覆う巨大な森林の、実に四分の一に面し、建国以来その国境を一度も侵されていない、武辺に著しく偏った、脳筋の領である。